偽物の映画館

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多島斗志之『不思議島』読書感想文

多島斗志之
本人が失明することを厭って失踪してしまったということが話題になった作家ですが、結局発見されることなく、恐らく死亡認定がなされてしまっているであろう年月が経ってしまっています。

そういうことは知っていながらも作品は読んだことがなかったのですが、今回初めて読んでみてなかなか好きな作風だったので、今更ながら切ない気持ちになりました。



不思議島 (創元推理文庫)

不思議島 (創元推理文庫)


瀬戸内海のとある島に暮らすゆり子は、15年前に誘拐されて無人島に置き去りにされたというトラウマを抱えていた。
そして現在、ゆり子は島に赴任してきた医師の里見と知り合う。彼に惹かれていくゆり子だったが、2人で無人島巡りをした際、ある島を目にしたことで誘拐された記憶を思い出して倒れてしまう。
それを機に、里見とゆり子は誘拐事件の謎を解くことを決めるが、推理は思いがけぬ方向へと膨らんで行き......。



タイトルからなんとなく孤島もののクローズドサークルかと思いましたが、作品の舞台は田舎ではあるものの、普通に人が暮らす瀬戸内海の島々なのでした。
登場人物や出来事はもちろんフィクションですが、作品の舞台となるこの島々はどれも実在のもので、だからかどうかは分かりませんが、小さな島での暮らしというものが生々しく描き出されていた気がします。全体に不穏な雰囲気はありますが、自然溢れる島の美しさのおかげでドロドロした話でもあるのにカラッとした読み心地なのは良いですね。
今時はインターネットという便利な道具があるのでそれを使って調べてみると、九十九島なんかこんな感じで

「こんなところに置き去りにされたら怖いなぁ」とリアルに想像できて面白いです。

しかしそうしたリアリティとは裏腹に、登場人物は主人公の身の回りに限られていて、そういう点ではかなりクローズドな物語ではありました。
ただ、それによって主人公のトラウマ、そして恋愛と家族というパーソナルなテーマを最短距離で描き出した読みやすい作品になっていて私は好きですね。



ミステリとして問題となるのは「15年前のゆり子の誘拐事件」とその周辺に限られ、現在では特に大きな事件は起こらず、ウン百年前の村上海賊の謎についてもさして深掘りされないのでやや物足りない感じはします。誘拐のトリックについても面白いけど、ありそうといえばありそうな感じではあります。
しかし、それよりなにより、「本格」ミステリの手法ではなく広義の「ミステリー」や「エンタメ」の手法としての伏線回収の巧さが光っています。文章自体はわりと平坦な感じだと思いながら読み進めましたが、いざ種明かしが始まり伏線が示されると、はっきりと「ああ、あの場面か」と思い出せる地味に印象深い描写の数々! 今までの何気ない描写、シーン、セリフに再び光が当てられ、神に操られるように本作のキーワードとなる二つの単語 (=「相似」と「合同」)に向かって収束していく様の美しさよ......。
こうした構築的な伏線回収がミステリーとしての本作の大きな魅力ですが、それによって物語性が薄まらないところもまた同じくらい大きな魅力だと思います。



本作をお話として見ると、その軸は主人公ゆり子の恋愛と家族です。
このテーマ自体ありきたりなものですが、主人公のキャラ造形もまた(トラウマの内容以外は)わりと平凡。しかし、その普通さが読者に感情移入しやすいエモーションを作るのです。自分と同じく都会の空気を吸ったいい感じのイケメン医師と出会って、期待し浮かれつつも平然を装う、たまに嫉妬したり、案外大胆だったりする主人公の可愛さよ。

あと、濡れ場のシーンなんかなかなか凄いです。いきなり作者がエロオヤジに取り憑かれたかのようなフェチズム溢るる筆致がとても印象深いです。精液を「液」と表記するのもなんかヘンだし、液がお腹の上で乾く描写とか無駄に細かくて生々しいし、問診口調でオナニーのことを問いただされる件に関しては「それ、いる??」とすら思いました。いや、褒めてますよ。えっちいのは好きですので。だいたいこの女は清楚系ビッチの匂いがして最初からヤベえと思ってたんだよ。あとこの男も絶対ヤバいやつだろ!冷静に考えるとだいぶキモいわ!

とまぁそんなヘンテコな場面もありますが、基本的には等身大のラブストーリーでして。あまり強調されてはいませんがゆり子が過去のなんちゃってみたいな恋愛と里見との恋を比べて意気込んでいる様は応援したくなりますし、それとともにどこか不穏なものが漂う里見との恋にハラハラさせられ、正直過去の事件よりも現在の恋愛の方がよっぽどサスペンスだったりします。

一方家族や親戚の人々に関してもそれぞれ丁寧に描写されていてリアルなのとともに、最後まで読むとそれらが意味を持ってきてただの恋愛ドラマではなく家族というテーマにも重心が置かれていたと気付かされます。

上に書いたように、結末はミステリーとしてはトリックより伏線回収メインのものでしたが、それによって立ち現れる(ネタバレ→)「蜃気楼のような家庭と蜃気楼のような恋愛に打ちのめされ」「しかし、薄皮の甘さも、今なお忘れられにいる自分が哀しかった」という、エモすぎる(エモいって言葉、どっちの意味にも取れてネタバレ回避に便利!)述懐に胸を打たれます。
人知を超えたところでの伏線回収が繰り広げられることで、この結末が運命的なものに思えてより一層感慨深く、そういう意味では(伏線をトリックと呼ぶかは微妙ですが)「ドラマとトリックが融合した」という煽り文句通りの傑作だと言えるでしょう。



地味といえば地味だしあまり知られていない作品ですがとても楽しめました。多島斗志之、気になる作家リストに追加します。