偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

笹沢左保『他殺岬』感想

トクマの特選笹沢左保100連発第6弾。



フリーの記者の天知が書いた記事がきっかけで、人気の美容師・環と娘のユキヨが自殺した。
ユキヨの婿である環日出夫は、復讐のために天知の一人息子を誘拐し、5日後に処刑すると言う。
天知は5日間でユキヨの死が他殺であることを証明し、日出夫の復讐心を覆そうと奮闘するが......。


というわけで、身代金目的などではない復讐のための誘拐を描いたタイムリミットサスペンス。
前回の『真夜中の詩人』と同じく、本作も誘拐事件そのものではなく、その背景となる環ユキヨの死が謎の主軸になっているところが面白いです。
また、誘拐された息子を救うためだけに、自殺として片づけられた事件を他殺にしなければいけないというこれこそ難易度S級のサスペンスとしての設定もめちゃくちゃ巧いと思います。
メインの誘拐事件と自殺事件の他にもう一つ殺人事件が起こっていたり、色んな人物の思惑が絡み合っていたりとなかなかややこしい話ではありつつ、「残り120時間」というタイムリミットがあることで一直線に読めてしまうんですよね。

そしていつものことではありますが、本作もまた登場人物が魅力的。
主人公の天知は寡黙で有能でイケメンで喧嘩も強いという男のカッコ良さ全部載せみたいな一匹狼キャラで、課せられたミッションが無理ゲーなだけにこのくらいチートな主人公がちょうど良いっすね。
そんで、それより何よりヒロインの真知子さんがめちゃくちゃ推せるんですよね。
詳細はネタバレになるので後で書きますが、虚弱体質のために28歳で未婚の、美少女の面影を残した儚げな女性、つまり好き。好きです。好きになっちゃいました。やっぱこういう影とか謎めいたところのある人物を描くのが上手ですよね。
他にも脇役早くに至るまでみんな味があるんすよね。映画で言うと一瞬しか出てこないけど実は有名な俳優さんがやってるみたいな。キャラの濃さというよりは、味、ですよね。

ミステリとしては、トリックや意外性よりは、伏線が全部繋がっていく......というか、登場人物たちが一連の事件の中に収斂していくような気持ちよさが持ち味。
とはいえ、とある要素を組み込むことで盲点だった真相が現れるあたりはちゃんと意外性もあり、派手さはないけどとても面白かったです。

あと旅情部分も今回は特に良かった気がします。
イムリミットもあるし長居出来ない分逆に印象に残ると言うか。東京から高知までの強行群とかすごい印象的っす。

という感じで、ミステリ部分と物語やキャラと両方の面で著者の魅力が十二分に発揮された傑作でした。
以下ネタバレで少しだけ。





























































読者は天知の視点から息子のことを心配しながら読んでしまうわけですが、それが全て全く別の目的のための「茶番」であったという真相が強烈。
岬に集まってのドラマチックな解決編で明かされる「操り」「プロバビリティの犯罪」という要素によって、天知vs実行犯の構図が崩れるのが面白いところ。

そして、ドラマの面で言えばそこから真知子という女性のあまりにも悲しい生き様が見えてくるのが素晴らしいですよね。
主人公の天知を除けば最も登場頻度の高い登場人物だった彼女の、これまでの言動が全て違った意味を持って迫ってきます。
イラストレーターの夢子氏による本書の表紙は絵柄がそもそもめちゃくちゃ好きで頬擦りしたくなっちゃうくらいなんですが、最後まで読むとこのイラストに描かれる涙を流す妊婦が真知子さんのそうあってほしくとも叶わなかった人生の姿のように見えて一層切なくなります。
まさかユキヨさんみたいな脇役が表紙ってわけもないから、表紙=真知子さんという解釈が作者の意図だと思うんだけど、そうなら天才だと思う。
少なくとも令和の現在はもう少し人の生き方にも多様性があると思いますが、そういう昭和ならではのドラマを令和の装いに包むことで表紙も込みで再解釈させるめちゃくちゃ良い復刊本だと思います。トクマのパパさんありがとう。夢子さんありがとう。