前作『サーチライトと誘蛾灯』の第一話を読んであんまり面白く感じられずに読むのをやめてしまったのですが、シリーズ2作目となる本作がめちゃくちゃ評判がいいし「前作からさらに進化してる」みたいな声を聞くので、そんならこっちを先に読んでみてもいいかも、と思って読んでみました。
結果としては、まぁ面白かったけど、やはりあまりにも世評がよすぎて「そこまでか......?」と思っちゃって、普通に読んでたら十分楽しめてただろうからもったいないことをしました......。特に、表題作の第1話と推理作家協会賞候補になったという第2話がそんなにだったので、「この後面白くなるのか.....?」と不安になりましたが、ちゃんと右肩上がりで面白くなっていったのは良かった。
にしても、誰だよ「全話がオールタイムベスト級!」とか「10点満点中10点!」とか言ったの......。
ミステリとしては、各話とも謎の所在すら分かりづらい「何が起きているのか?」、いわゆるホワットダニット的な趣向になっています。個人的にはそれがどうも話がぼやけて感じてしまいあまりハマらなかった原因なのではないかと思います。なんか色んな要素や色んな偶然が絡み合いすぎていて意外性を感じづらいと言いますか......。
ただお話としてはとても良かった。
『亜愛一郎』の影響を感じさせる飄々としつつトボけた味わいのある探偵役・魞沢泉のキャラクターが魅力的で、品のあるユーモアの感覚も泡坂妻夫を感じさせます。
また、魞沢以外の登場人物はほぼほぼその話にしか出てこないわけですが、それがもったいなく感じちゃうほど登場人物一人一人に愛着が湧いてしまい、全話の後日談を読みたくなってしまうようなところも素敵ですよね。
そういう『亜愛一郎』感が濃い一方で、どの話も謎の真相が明かされることで人の悲しみに触れるような人間ドラマとしての良さは同じ泡坂でも人情ものの短編集なんかに近い雰囲気もありつつ、各話ともそこに現代の社会問題を絡めることで泡坂の模倣に留まらない今読むべき作品になっているのには著者の真摯さが感じられ、なんだかんだかなり楽しみましたよ。ほんと、無駄に高い世評のせいで心底から楽しめなかったのがもったいなすぎた......。とりあえず前作も読んでみたくはなったし、次作も出てるようだから読みたいです。
以下各話感想。
「蝉かえる」
かつて震災の際にボランティアとして訪れた山形県の神社を16年ぶりに訪問した糸瓜は、そこで昆虫食を研究する女性とその付き添いの青年・魞沢泉と出会う。糸瓜は2人にかつてこの神社で見た、震災の犠牲になった少女の幽霊の話を語るが......。
昆虫食をしにくる2人組との出会いというめちゃくちゃ亜愛一郎っぽい発端から、民俗学的なモチーフ、震災ボランティアで経験した行方不明の少女の捜索という深刻なストーリーとの眩暈がするようなギャップが良い。
伏線の張り方が泡坂作品で見たことある感じだったので序盤でなんとなく真相の方向性に気づいてしまったのがもったいなかったですが、震災の話の裏にもう一つのテーマがあるあたりが巧妙。また、本作は幽霊譚でもあるわけですが、蝉というモチーフがその雰囲気をそそりつつ最後にああいう形で効いてくるのも良かった。コンチクショウは笑う。
「コマチグモ」
とある団地の一室でテーブルに頭をぶつけ意識不明となった女性が救急搬送された。同日、近くの交差点で起きた事故の被害者は、団地で倒れていた女性の娘で......。
母と娘が同じ日に別々に救急搬送されるという、何か異様なことが起きている気がするけど偶然といえば偶然かもしれない......くらいのふわっとした謎は良いんですが、謎がふわっとしすぎててなんか真相が明かされても「まぁそんな感じのことだとは思ったよ」くらいの反応になってしまう。クモの挿話も効いてるっちゃ効いてる気もするけど無理やりっちゃ無理やりな気もする......。個人的にはこれが1番微妙だったし、1番微妙なこれが賞の候補になったということで「やっぱ合わないのかも......」という気持ちを強くしてしまいました。
「彼方の甲虫」
北海道の知人が営む旅館を訪ねた魞沢泉は、そこで中東の国から来た青年と親しくなる。信仰に従い日々の礼拝を欠かさないという彼だったが、翌朝、遺体として発見され......。
んだけど、打って変わってこの3話目がめちゃくちゃ良かった。
中東からの(とはいえ日本の大学を卒業した)アサルくんのキャラクターがとても魅力的なだけに彼の死にはミステリとしての興味よりも悲しみが遥かに勝ります。とはいえ、ミステリとしての真相にはシンプルな切れ味があって前2話よりも格段にインパクトがあったし、この島の排他性の根深さも感じさせられて物語としても重い余韻が残る作品でした。
「ホタル計画」
科学雑誌の編集長は、かつて目をかけていたライターに厳しいことを言ってしまい音信不通になったのを悔やんでいた。それから年月が流れ、彼が戻ってきたという知らせを受けて北海道へ飛ぶが......。
これはまた一段となんかいろいろややこしくて正直真相とかどうでも良く感じてしまうタイプのお話で、第2話に次ぐ微妙枠......。ちょっとしたサプライズ(?)もわりとすぐに分かっちゃうし......。
(外来種とか遺伝子操作について描かれつつも)社会問題へのフォーカスは全話の中でも1番ゆるいのもやや物足りないものの、その分主人公である編集長のおっちゃんの不器用でめんどくさくて不誠実なんだけど感情移入して応援したくなっちゃうキャラクターの魅力は良かった。
「サブサハラの蝿」
NPO〈越境する医師たち〉の一員としてアフリカで働いていた旧友と、帰国の空港でばったり出会った魞沢。後日、彼の医院に招かれた魞沢は、そこでアフリカでの悲痛な体験を聞き......。
最終話は魞沢の旧友が登場し、魞沢の学生時代の話も少し出たりしてより踏み込んだ内容になっています。連作としてのまとめみたいなものはないんだけど、最終話に相応しい(魞沢にとっての)重みのある作品。
魞沢自身は主人公になることはないんだけど、この話の中の言葉を借りるなら彼が謎を解くことで事件の裏にある人の想いや悲しみが生き続けられている感じがして、旧友というより身近な存在の関わる事件を描くことでそれが強調されているのが良い。
ミステリとしてもこれまたシンプルにしてインパクトある真相で、なおかつそれが人間ドラマとも社会的なテーマとも虫縛りともカチッと噛み合っているのも素晴らしく、これと第3話がやはり飛び抜けて好きですね。
他のが正直そんなにだったので「全話がベスト級」とは言えないけど、この2つが読めただけでも良かった。