偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

鵜林伸也『秘境駅のクローズドサークル』

ネクスト・ギグ』で単行本デビューした著者の、アンソロジー所収のデビュー短編を含む第一短編集。

ネクスト・ギグ』は人間ドラマの比重がかなり濃いめの本格ミステリでしたが、本作はキャラの魅力や軽妙な会話の面白さは保ちつつ、もうちょいミステリに比重が傾いた短編集となっています。
各話50ページの短さで、シンプルなロジックの面白さや思わぬところから現れる真相の意外さ、そして内面とかまで深く描きこまれないからこそ愛着の湧いてしまうキャラクターたちなど、短編ミステリに求める楽しさが全部詰まった素敵な一冊です。
また、各話のテーマが野球、温泉、宇宙、セックス、鉄道と、バラエティに富んだものであるのも面白いです。後書きによるとそれぞれ著者の趣味や経験を元にしているらしくけっこうマニアックな描写もあったりして、一冊読むと多趣味になったような気分になれます。
面白かったのでみんな買ってね!

というわけで以下各話の感想。





「ボールがない」

とある高校の野球部で、100球あったはずのボールが練習後に99球しかなくなっていた。鬼監督は見つけるまで帰るなと怒鳴るが、大勢でグラウンドを何周探してもボールは見つからず......。

アンソロジー『放課後探偵団』に収録のデビュー短編。
このアンソロジーは高校か大学の時に読んだけどさすがに内容は忘れてたので新鮮に読めました。
入りたくなさすぎるスパルタ野球部のエピソードが他人事として読むには面白く、キャラクターも魅力的。可愛い女の子が出てくるミステリってそれだけで2割増しくらいで楽しく感じてしまいます。
100個のボールが1個なくなるという、「事件」と呼ぶにはあまりにも小さな事件に巻き込まれてしまう哀れさが笑える。けど、状況はかなり不可解であることには違いないです。
一つずつ可能性を潰していってもどこにもないところはミステリとしての不可解さと共に「探し物あるある」みたいなおかしみもあって、夢の中へ夢の中へ行ってみたいと思いませんか〜になってしまいます。
真相は意外かつ伏線のうまさで納得だし、青春ミステリらしい爽やかな結末も素敵でした。





「夢も死体も湧き出る温泉」

手掘り温泉が名物だが寂れてる温泉街に、有名YouTuberの影響で観光客が殺到。しかしそんな人目のある中で砂から死体が湧いて出て......。

実は素晴らしい温泉があるのに寂れてる田舎の温泉街の雰囲気とYouTuberとか出てくる軽さがバランス良く、重くならずに良い「トホホ感」が出てると思います。
事件はかなり不可解な状況で興味を惹かれます。ただ、あまりに不可解なので推理の過程のダミーのトリックとかはあまり膨らまないかなという感じ。
しかし本命の解決は意外なもので、なんとなく泡坂妻夫を彷彿とさせるような奇術的な面白さがあります。
近所の人の死を軽く扱いすぎやろお前ら......みたいなとこはありつつも、なんか良い感じのラストに(いい意味で)若干イラッとしつつ軽やかな後味が残るのもちょっと泡坂を感じます。由明温泉行ってみたいな。





「宇宙倶楽部へようこそ」

星嫌いの古林少年は、母親の元へ届いた天体写真付きのメールを発見する。メールが幼い頃に離婚して顔も覚えていない父親からのものだと確信した彼は、天体写真の謎を解くべく高校の天文サークル「宇宙倶楽部」を訪れる......。

本書の偏愛枠ベスト。
星嫌いの高校一年生の少年と宇宙倶楽部の個性的な先輩たちとのやりとりが、なんつーか、つまんない中学を卒業して同じくらいの学力で話の通じる人が集まる高校に入った時の「こんな面白い人いるんだ」っていうワクワク感を思い出させられます(と言いつつ高校では友達いなかったけど。いや、そんでも友達いた中学より楽しかった気がする)。
とり立てて青春っぽいイベントとかはないのにこの雰囲気出せるのは流石だなぁと。著者の青春ミステリをもっともっと読みたくなってしまいます。
話が逸れましたが、本作の内容としては自身の父親の謎を解こうとする日常の謎ミステリで、知りたいけど知るのが怖いという葛藤が軽妙な語り口の上にも少し影を落としています。
そしてその影が一気に晴れる解決が最高すぎる。意外性の飛距離と、伏線による説得力で、小さな物語だけど満点の星空を望むような壮大な余韻さえ残ります。
星々との距離や地球の広さを感じさせるあまりに爽快な一編。あと先輩のあだ名の謎が解けないのも良いもどかしさがあります。今からでもシリーズ化してほしい......。





「ベッドの下でタップダンスを」

小さな造園会社に勤める主人公が社長の奥さんと不倫していると、まさに今からというところで山積みの仕事を抱えているはずの社長が帰宅!思わずベットの下に隠れた主人公と社長との攻防が始まるが、眠い!修羅場なのについつい一瞬眠ってしまった主人公が目覚めると、ベッドの上で社長が撲殺されていて......。

これも偏愛です。
爽やかな青春モノの「宇宙倶楽部」の次でこんなゲスい話が来るセトリが上手すぎる......。
とはいえやっぱり軽妙な語り口なのでゲスっぽさより間の抜けたシチュエーションコメディみたいな面白みがあって好きです。
現場にいたのが語り手と不倫妻の2人だけというソリッドなシチュエーションで、密室だけど鍵を持ってる人はいるけどその人たちには犯行は不可能に見える......という状況。何か抜け穴はありそうだけどどう考えても少しずつ矛盾や齟齬が出る......という緩い不可能状況が不可解さを強調します。
そして取り出される"真相"も意外にして納得いくもの。この「納得」のために全てが組み立てられてる感じが堪らんすわ。(ネタバレ→)ビッチな不倫妻のキャラまでこのための伏線だったとは。
そして「ああ!」と納得させられつつ妙なおかしみの漂う最後のあれも好きです。哀愁と脱力の間みたいな読後感。





秘境駅クローズドサークル

スイッチバックが見られる山奥の秘境駅を訪れた某大学の鉄道研究会の面々。それぞれに秘境駅の空気に浸り楽しむ彼らだったが、1人が駅のそばの廃屋で殺害される。駅周辺は広い意味での「クローズドサークル」のような状況で......。

電車......いや、列車にはあまり興味がない私ですが、それでも行ってみたくなるくらい秘境駅の描写と鉄道オタクたちの楽しそうな会話が素敵な一編。
それだけに陰惨な事件が起こるのが悲しいくらいですが、しかしこの状況もまた緩く不可解。怪しいやつもいっぱいいるしなんとかなりそうやん?と思いつつも論理で詰められていくとなかなか抜け穴が見つからないという......。
ただ、解決が(ネタバレ→)共犯アリ......なのはいいけど、「夢も死体も湧き出る温泉」も共犯だったので1冊に2回共犯者が出てくるとはいえ(ネタバレ→)意外な犯人ならぬ「意外な共犯者」で、その役割分担がユニーク(斧を持ってくるだけ)なので、面白かったですけど。
あと最後の動機の処理とかも好みです。短いからしょうがないけど、もうちょい犯人含む人間関係が描き込まれてたらさらに刺さった気はする。