偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

伴名練『なめらかな世界と、その敵』感想

SFが苦手なので今まで読めていなかったんですが、『少女禁区』がけっこう好きだったので気になってはいた著者の2冊目の著作となるSF短編集。

上記の通りSFは苦手だし全然詳しくないので本書がSF的にどうなのかとかは分からんし元ネタとかもなんも知らないんですが、そんなSF初心者でも(難しい〜🥺と思いながらも)楽しめました!
なんせ収録作6編がどれがとも言えないくらいどれもめちゃくちゃ面白いんですもん。1冊でこんな濃密に面白い贅沢な短編集なんてなかなかないし、1話読むごとに満腹感が強くて休憩しながら読んじゃったくらいでした。
題材も適度に難しくてなんか知的なものを読んでる満足感(バカの感想であるトホホ)と、適度に聞いたことくらいはある取っ付きやすさがあって個人的にちょうどよく感じました。
以下各話ちょろっと感想。



「なめらかな世界と、その敵」

冒頭のシークエンス、というかもはや一文目からして矛盾だらけの文章に戸惑っているところで明かされるマルチバースの世界観。めっちゃシームレスに色んな世界線と行き来するんだけどなぜか読みづらくないのがすごい。マルチバースって何でもありすぎて全てがどうでもよく感じてしまいがちなんですが、本作はそのどうでもよさ自体がテーマになっていて、マルチバース嫌いにも食べやすいマルチバースでした。



ゼロ年代の臨界点」

架空の日本ゼロ年代SF史を3人の少女を主軸に置いて解説して行く......ただしゼロ年代って1900年代で〜す、という変なお話。私がSFに詳しくないのを置いといても、やはりSF作家で代表的な名前を挙げれば男性作家が大半を占めると思います。そこを女性作家たちが、しかも明治時代に日本SFを創生したことにしてしまう大胆な偽史となっています。明治時代にありそうな作品内容とかも面白かったし、論文形式なので物語性は希薄なんですがその中にも3人の少女たちの百合っぽい関係性が垣間見られるあたりも面白く、脚注芸などの小ネタも多くて色々と楽しめる一編。「これ全部嘘なんだよなぁ......」とその想像力に驚かされました。



「美亜羽へ贈る拳銃」

「美亜羽=ミァハ」というネーミングからもわかるように伊藤計劃『ハーモニー』オマージュの一編。
脳科学が発達して簡単な施術によって人格を書き換えられるようになった世界を舞台に、脳科学の権威の一家のはみ出しものの青年と天才科学者の少女との愛憎を描いたSF恋愛ミステリ。人の気持ちを利用したどんでん返しが連発される終盤はコロコロと人格を書き換えるという設定とも合っていて凄かった。SFやミステリの要素の複雑さに対して最終的にはめちゃくちゃシンプルなラブストーリーに結実するあたり好みでしたね。



ホーリーアイアンメイデン」

ハグをすることで相手を善良な人間に変えてしまう能力を持つ姉に向けた妹からの手紙の体で描かれる書簡体SF。しかも「お姉様がこの手紙を読む頃には私はもう......」みたいな始まり方をするもんだから面白そうでしかない。
姉の能力の科学的な説明とか検証とかはあまり描かれず本書の中では最もSF味の薄い作品ではありますが、姉を慕いながらその能力に怯えてしまう語り手の葛藤と、彼女の目から間接的にしか描かれないことでむしろ存在感を増す姉の姿が印象的な良い百合短編でした。



「シンギュラリティ・ソヴィエト」

1969年、アメリカが宇宙開発に血道を上げて月にたどり着いた頃、ソ連ではAI開発がシンギュラリティに到達し、人民は脳の半分をAIの演算装置として徴収されていた......というあらすじからして最高にそそる歴史改変SF。
社会主義共産主義とシンギュラリティの悪魔合体による「労働者現実」「党員現実」みたいなヤバい設定がとにかく面白い。
そして、AIによって党員にされた博物館員の女性とアメリカからやってきた記者(スパイ?)とのマンツーマンの心理戦がそのまま大国同士の冷戦に繋がるという局所的な緊迫感が凄くて引き込まれてしまいます。さらに終盤は怒涛の意外な展開の連続でミステリぽくなったり百合っぽくなったりと、著者の持てる技全て注ぎ込んだような満腹感の強い傑作。
傑作揃いの本書の中でも、強いて選ぶならこれは2番目に好きです。



「ひかりより速く、ゆるやかに」

そんで1番好きなのがこれ。こんなんもう、ズルイわ。
とある高校のひと学年が修学旅行から帰るために乗っていた新幹線が原因不明の「低速化現象」に見舞われ、外の世界の2600万分の1のほぼ止まっているような速度になってしまう......という設定からしてぶっ飛んでいて最高。
さらに、主人公のハヤキは、インフルエンザで修学旅行を欠席したために現象に巻き込まれるのを免れ、同級生はもう1人補導されていて修学旅行に行けなかった不良少女の薙原だけ。そして新幹線にはハヤキが片思いしていた少女・天乃も乗っていて......というキャラ設定から切ない青春ラブストーリーの側面も漂ってきて二重に最高。
さらにさらに、その話と並行して、現在の文明がなくなった遥か未来の世界で低速になった新幹線を「竜」として崇める少年のサブストーリーも展開されるという、序盤から面白そうなことしかない最高最高最高。
低速化現象のSNSでの受容のされ方とか、社会の対応とかもリアリティがあり、そういうありそう感を積み上げていくからこそ終盤の現実の重力を消すような展開には胸が熱くなるし、読み終わってみればめっちゃ良い青春小説だったなぁと思わせてくれる超タイプな作品でした🥰