偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

梓崎優『叫びと祈り』感想


2010年のデビュー作である本書と、2014年の『リバーサイド・チルドレン』の、現状2冊しか著作のない寡作の著者。
しかし、本書はミステリランキングでは軒並み上位に入り、ミステリファンからもことあるごとに名前を聞く、ある種伝説的な作品です。



斉木という日本人青年が世界のあちこちの国で関わる謎を描いた、5編からなる連作短編集です。
各編で舞台となる国が変わるのが、単純に短編集としてのバラエティを豊かにしていて楽しいのもあるし、その舞台、その文化、その価値観でしか成立しない意外性を演出してもいます。
また、短編タイトルからも予想は付くので明かしてしまいますが、東京創元社からの短編集らしく最終話で全体が繋がる構成も見事です。尤もこれはミステリ的な伏線回収どわ〜って感じじゃなくて物語としての纏め上げみたいなものですが。
まぁそんな感じで、各話のレベルがまず非常に高い上に、一冊の本として美しく纏まっためちゃくちゃ凄え傑作です。
なんかもう敢えて無理に貶すならばちょっと米澤穂信っぽすぎるかなってとこだけど、米澤穂信ほど説教臭くないので好きです。

以下各話の感想。





「砂漠を走る船の道」


サハラ砂漠の「塩の道」で起きた殺人。過酷な道行の中、また極端に容疑者が限定される中、誰がどうして仲間を殺すに至ったのか......?

デビュー短編でこのクオリティはやべえ。
まず砂漠の風景描写や、短編の分量だから説明ばかりもしてられない中で端的にキャラバンの文化を説明する筆捌きの巧さが新人離れしてます。ベテラン作家の変名と言われた方がまだ納得がいくくらい。
そして極限状況における殺人という謎自体の魅力も抜群。渇いて殺風景なロケーションも相まってヒリヒリした緊張感があります。
その解決も異形にして納得。この舞台設定でしか有り得ない真相に唖然とします。これ、この真相が先にあって舞台を決めたのか、舞台に合わせてネタを作ったのかどっちなんだろう......ってくらいのマッチ度。異世界本格ならぬ異文化本格とでも言いたくなるような作風で、少し泡坂妻夫を彷彿とさせるところもあって最高です。
ただ、サブのアイデアの方は、物語に深みを持たせる点では素晴らしいとは思うものの、ちょっとさすがに無理があるのも否めないですね。
変な言い方ですが、ここの「思いついたから無理矢理でもやっちゃおう!」感に新人作家らしさを感じで安心すらしちゃいました。
それほどに完成度の高いデビュー短編です。




白い巨人


スペインのとある街の風車の中で、一年前、彼女は消えた......。
友人の斉木たちと再び苦い思い出の地を訪れた"僕"は、土産物屋の店主から、彼女の消失と似たシチュエーションで風車から兵士が消えた伝説を聞き......。

一転して、語り手の"僕"、斉木、ヨースケという友人3人での観光旅行という軽めのお話。
軽めと言っても前話に比べたらの話で、一年前の失恋を抱える主人公視点の物語は切なさや苦味、憂いもあって私好みの味わいでした。
ミステリとしては、まず消えた兵士の謎に対して3人がそれぞれ推理するという多重解決のような形になっていて贅沢!それぞれの推理自体もそれぞれ面白いです。
さらにもちろん語り手の消えた彼女の話も絡んできて、短編とは思えぬ贅沢な詰め込み具合。
(ネタバレ→)前話に引き続き、語り手の国籍に関する叙述トリックが仕掛けられているのもマジで短編かよ!?っていう濃さ。サクラ、ヨースケに対して斉木だけ漢字表記なのはフェアプレイ的には微妙ですが、前話に比べれば小さなツッコミどころでしょう。このトリックによって大学の所在地まで変わったり、「東南アジアからの留学生?」「生粋の日本人です」という会話の意味も反転するのが面白いです。
重いところもありつつ、青春ミステリらしい清々しさもあるちょうどいい読後感の傑作です。



「凍れるルーシー」


250年前から残る不朽体が安置されるという南ロシアの小さな修道院
斉木は、不朽体のリザヴェータを列聖させる審査の取材で、修道院を訪れるが......。

ロシア正教修道院を舞台に、腐らない遺体=不朽体をモチーフにした、ホラーっぽい雰囲気も漂う一編。
モチーフそのものの魅力はもちろん、2人の視点から交互に語られることでよりむんむんと匂ってくるミステリアスな雰囲気。
しかしその実、ミステリにおける謎らしい謎はなかなか出てこなくて戸惑ってしまいます。
その戸惑いを嘲笑うかのようにぶちかまされる衝撃、そして衝撃。
ミステリを読んでいて、体の芯からこうぞわぞわと震えがくるような衝撃ってのは、ミステリにハマりたての頃はともかく最近はなかなか滅多に味わえなくなってます。本作はそのなかなか滅多を久しぶりに味わわせてくれました。シンプルなんだけど、それだけにショック。さらに、真相だけでなく終わり方に至るまで衝撃的で、本書でも特に人気なのも頷ける傑作でした。



「叫び」


アマゾン奥地の少数部族の取材に訪れた斉木だが、部族内でエボラらしき伝染病が発生。皆に死が迫る中で、不可解な殺人が起き......。

「砂漠」もなかなか過酷でしたが、こちらもエグい。村人がほとんど伝染病で凄惨な死を遂げ、残った少しの人々も感染の可能性が高いという、まさに世界の終わりのような絶望的な状況。
謎の提示も「そんな状況でなぜ殺すのか?」という「砂漠」と重なるものですが、こちらもまたこの場所でしか成り立たない異形の真相が凄絶です。
また、辺鄙な土地で組織にも属さずに働く医師のキャラや、感染を恐れて村を見捨てて逃げたくなってしまう斉木の葛藤や自己嫌悪といった心の動きも読み応えがあり、短編とは思えない濃さと凄みのある、これまた傑作。

全く関係ないけど、本書を読みながらちょうどポリスのシンクロニシティを聴いてたら本作にスティングの名前が出てきて、「これぞシンクロニシティ!」と思った。



「祈り」


冬に鎖された牢獄のような療養所。
1人の患者と、彼を訪ねてきた森野と名乗る男は、とあるゲームをはじめる......。

壮絶な幕切を迎えた前話から一転して静かなサナトリウム、あるいは牢獄のような閉鎖空間で2人の人間が対話するだけの静かなお話。
隠されている部分はかなりあからさまですぐに分かってしまう、というかたぶん作者もそこまで隠すつもりはないんだらうなという感じで、むしろどうしてそうなったのか......?という部分がミソ。
(ネタバレ→)「砂漠」「白い巨人」では普通に探偵役らしかった斉木が、「ルーシー」「叫び」で永遠に分かりあうことの出来ないような異形と対峙して壊れてしまう......という本書全体の収録順までが伏線になっていて、それらの物語を語り直すことが斉木を救う祈りになるというのが巧いしエモい。
超絶技巧とかではないんだけど、ミステリ的にというよりは物語として本書全体をまとめ上げて美しく締める印象的な最終話でした。



追記

本書のタイトルを見てMr.Children「叫び 祈り」という曲を思い出したのですが、作者もミスチルファンで本作のタイトルもまんまそこから取ってるみたいです。
その曲が収録された「HOME」というアルバムも、伏線回収の見事な連作短編集のようなアルバムなのでこの場を借りてオススメしておきます。