偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

泡坂妻夫『折鶴』感想

創元推理文庫から今年3作品連続で復刊される泡坂妻夫の短編集の第2弾。
失われゆく伝統芸能、職人の悲哀を描いた人間ドラマであり、そして人間の心の機微から謎が生まれるミステリでもある、自身も職人である泡坂妻夫にしか描けない作品集。
最初と最後の2編が中編、間の2編が短めの短編という構成になってます。



「忍火山恋唄」

染物組合の旅行で金沢を訪れた脇田は、旅館で新内節(浄瑠璃の一派)を得意とする芸者の彩子に出会い......。

盛り上がってる宴会の中でどちらかと言えば内向きの職人が新内をきっかけに同じく内気な芸者と出会うという発端からして寂れたロマンチックさがあって素敵。
そこから謎めいた彼女の過去の話になっていきつつ、別にミステリって感じでもない展開をしていきつつ、終盤急にミステリ化するのが鮮やか。大人の恋愛小説と、ある種バカミスっぽいトリックとのギャップに萌えます。
なにより、「今晩、ここは(略)」というセリフが良すぎて震えました......。



「駈落」

職人の主人公は、見習いだった頃の恩人が亡くなり、葬儀でかつて駈落未遂をした相手の女性と再会する......。

夜中まで働いて休みは月に2日......忙しかった時代の職人の世界のブラックさが描かれ、主人公が普通にそれにうんざりしてる様に可笑しみがあって面白かった。やはりこういうのもその世界の人じゃないと書けない感じですよね。自分の人生は何なのかという青い悩みはこの時代にも変わらず、それによって駈落ちまでしてしまうほどの鬱屈にも共感しつつ、最後はちゃんとミステリっぽさも加えることでより印象深くなってる、短いながら味わい深い一編。



「角館にて」

2年を共に過ごした男女が知人の結婚式へと向かいながら自分たちの関係を見つめ直すお話。

これも短いお話でミステリ要素は本書で最も薄いながら、それでも過去と現在が並行する構成や結末への伏線の置き方などに滲み出てしまうミステリみが良い。
そして、愛し合い分かり合うからこそのすれ違いが悲しくもちょっと羨ましくもあるくらい。すれ違えるほど相手に近づく恋愛をしたことがない身としては。



「折鶴」

手作業に拘り時の流れに取り残された職人の主人公。今は機械化に舵を切った大手の着物会社の妻となった、かつて愛した女性に再会する。折しも彼の身の回りで身に覚えのないことで自分の名前が使われているという
ドッペルゲンガーのような出来事が多発して......。

表題作でもあり、最もミステリらしく、最もドラマチック......軽い言い方をすればエモみのある一編。
本書全体に職人の世界や一編目の新内など、翳りゆく伝統芸への哀愁が通底していますが、この作品ではそこにさらに一歩進めた考えが加わり、単純な頑固職人の愚痴ではない多面的な見方が示されていて色んな意味での余韻が残ります。
ミステリとしても「名刺を渡した3人の男」をドッペルゲンガーの容疑者とする魅力的な発端から二転三転する結末までが、しかしわざとらしすぎず淡々と描かれていて、意外性はあるのにリアルな質感は保たれているので作り物めいた感じがせず、印象的ながら物語としての余韻にも浸れるちょうどよすぎる塩梅。
ものすごく悲しい話なのにそれとは別に吹っ切れるような清々しさもあり、変化の激しい今の時代に復刊される意義のある作品だと思います。