偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

連城三紀彦『密やかな喪服』感想


未読だった連城三紀彦の初期短編集。
代表作として挙げられる作品ではないものの、各話のクオリティはやっぱりめちゃくちゃ高くて大満足でした。
また、やや軽いノリの話が2つあったり、ハードボイルドなのがあったりと、抒情的なミステリの枠の中でバリエーションも豊かで贅沢でした。
以下各話の感想。



「白い花」

連城作品を読むのが久しぶりだったこともあり、たったの20ページでこれだけのものが創れるのかと改めてその天才に打ちのめされました。
病に臥せる老書家の主人公衣川と、若い家政婦の瑤子。ある時瑤子の夫が殺されるが、彼女には衣川と一緒にいたというアリバイがあり......という話。
共に人生への諦観のようなものを感じさせる2人の、色恋とは違う関係性がまず美しい。衣川が寝たきりなこともあり、舞台は彼の寝室に固定されるのですが、そのミニマムさの中で淡々と展開しながらふと強烈な情緒を感じさせるのが流石......。
ミステリとしては使い古されたネタではありつつ、メイントリックに寄与する要素とドラマとの融合などが巧すぎて、その全ての象徴としてタイトルの「白い花」があるという構成がやっぱり美しすぎるんですよね......。



「消えた新幹線」

打って変わって、珍しく軽めのラブコメっぽいノリのお話。非モテ感全開の主人公に共感しながら読みました。
話の内容自体は、確かに乗っていたはずの新幹線の車両は劇団員が貸し切っていた......というあるはずのアリバイが消えてしまうもので、その謎の提示は魅力的ですが真相の面白みには欠けます。
......と思いきや、それだけでは終わらないのはさすがです。50ページの短編としては多すぎる要素が少しずつ絡み合って希妙な状況が作られているのは見事。
ただ、個人的にはそれよりも主人公の恋模様をもっとじっくり読みたかった気もしてしまいます。



「代役」

人気俳優が自分にそっくりな男を使ってとある計画を実行する......という倒叙のアリバイもののような導入。「また電車がどうとかいうアリバイものかよ」と思っていると別の方向に向かっていくスカしが良いっすね。
ドッペルゲンガーに出会った人間は死ぬ、と言われていますが、この短編の自分に似た男の不気味さや、主人公が破滅へ向かっていそうな感じはドッペルゲンガーものの一種としても読めると思います。また「演じる」という連城三紀彦が多用するモチーフも強調され、意外性の強いミステリでありつつ観念的な幻想小説のような後味すらあるのが凄かったです。虚無感ありすぎる余韻が最高。



「ベイ・シティに死す」

刑務所から出所した元ヤクザが自分を嵌めた舎弟と情婦に復讐しにいく話。
舞台となる港町自体がすでに彼岸の世界なのではないかと思うくらいのムードがエグい。シンプルなストーリーからむんむんと漂う抒情性の強さに酔いしれながら、ミステリだと思わず読んでいたら思わぬところからガツンと来て驚かされます。
複雑な構成の話が多い連城作品の中でこのシンプルなオチは珍しい気がするけど、完全に油断しててやられました。



「密やかな喪服」

表題作。
寝てる時にふと妻の「喪服用意しとかなきゃ」って呟きを聞いてしまうところから始まる夫婦サスペンス。
本書では最もミステリ要素が薄く、起こること自体は多少の捻りはあるものの普通だし、動機も異様ではあれど意外ではない、と言う感じ。
しかし最も怖い話でもあります。平和で幸せな家庭というものへの見方がエグすぎるんだよな......。



「ひらかれた闇」

「消えた新幹線」と同じくややユーモアミステリっぽいタッチの作品。
若く尖った女性教師が語り手で、退学させられた不良生徒たちの間で起きた殺人事件に関わっていくというもの。
クローズドな空間、限定された容疑者、アリバイを調べて犯人はこの中にいる!......という連城三紀彦には珍しい気がするオーソドックスなミステリのプロットを持った作品です。とはいえ、ロジックや物理トリックよりも、動機や感情の機微、心理的なトリックによって謎が解けるのは連城らしい。
ただ、この動機がさすがに捻りすぎててちょっと納得が行かない気がしてしまいます。アクロバティックな動機を筆力で納得させる力技みたいなのが連城作品の魅力ですが、これはやりすぎた感。
昔の不良喋りとかは今読むと逆に新鮮で面白かったです。



「黒髪」

若い頃、病に臥せる妻と京都に住む不倫相手の女との間で揺れていた男が、15年ぶりにその不倫相手の女に会いにいくお話。
最後にこれぞ連城ミステリ!という見本みたいな作品。
花葬」シリーズにも通じる紅葉という植物のモチーフと、黒い髪と、女の白い肌のトリコロールが映像として印象的。
登場人物が3人に限られ、起きることも妻の住む家と不倫相手との逢瀬を往復するだけのミニマルなものですが、その中でこれだけの意外性とモチーフの回収を行い、畏怖の念すら抱くような凄絶な情念が浮かび上がってくる傑作でした。