偽物の映画館

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連城三紀彦『落日の門』感想

連城三紀彦による、二・二六事件をモチーフにしつつ架空の登場人物たちが絡み合う群像劇として描かれた連作短編集。
長らく文庫化されておらず、現在では創元推理文庫の「落日の門 連城三紀彦傑作集2」という本に他の短編たちと共に全話収録されていますが、出来ればこれだけ一冊の本として文庫化してほしかったな......。


というのも、1話ずつ読めば短編ミステリでありながら、登場人物が共通したひとつの群像劇長編にもなっているというコンセプチュアルな作品なんですよね。
各話の内容も素晴らしい上に、読み進めるごとに前の話の裏にあった別の事実や繋がりが見えてきたりするという結構な離れ業をやってのけていて、こんだけ凄い作品がなんで文庫化もされず不遇を託ってきたのかとキレそうになります。
冒頭の表題作と末尾の『火の密会』はプロローグとエピローグみたいなものですが、間の3編が強烈で、特に『家路』は連城ワールドでしか出来ない奇想ミステリでめちゃ凄かったです。
傑作集というわけわからん形でとはいえ、文庫化されて手に入りやすくなった本作、連城の初期の傑作群に頭ぶち抜かれた読者にはぜひオススメしたい中期の隠れた傑作でした。
以下各話感想。



「落日の門」
親友らと政治家らの襲撃を企てていた主人公。しかし、標的の1人である政治家の娘と恋をし、裏切り者として追放されてしまい......。

表題作で1話目でもあるこの話は主要人物が登場して本書の長編としての基礎を組むような短編でもあります。
単体の作品として読んでも複雑な人間関係がゆらゆらと変転していく様がスリリング。ミステリとしてはこの後の作品に比べてインパクトは薄いですが、時代を変える事件の前夜の不穏な静けさの雰囲気に浸るだけでも最高でした。その果てにあるあの結末も印象的でした。



「残菊」
遊郭を舞台にした長編を書こうとする作家は、その取材のために昭和三十三年の売春防止法の施行と共に潰れたとある娼家の奇妙な「最後の客」の話を聞き......。

襲撃事件を起こそうとする男たちの物語だった前話から一転して、娼家の潰れる最後の日に1日だけ娼婦になろうとした女の物語。
取材で聞いた結末の分からない話から語り手の作家が妄想を膨らませていく過程と、淡いその妄想を濃い色で上書きする当事者の語る真実の二段構えの構成が面白かった。また、語り手の作家によってすべて仮名になっている登場人物たちが誰なのか考えるという面白さも。



「夕かげろう」
極刑が決まった事件の首謀者の弟は、兄嫁から兄には芸者の愛人がいることを知らされ......。

めっっっちゃエロい......。兄が逮捕され、兄嫁と二人で暮らすというシチュエーションで、現在の読者からすると「とりあえずヤるでしょ」って感じなんだけどもちろんそんな下世話なことにはならず、想い合っているようでいながら兄の存在が一線を引いている二人のやりとりがもう色っぽすぎて、私みたいなガキにはわけわからんかった......。
そして、そんな色気のあるストーリーに酔いしれていると、初期短編のような終盤の畳み掛けに圧倒される。意外性の面白さと物語としての味わいの合計点という意味では本書で最も好きな作品です。



「家路」
危篤の兄に会いに東京から行ったことのない故郷の新潟への"家路"を辿る老人。兄を看取るためではなく、憎い兄に長年抱いた疑惑をぶつけるために......。

ここまでの3話は登場人物が共通していましたがラス前のここに来ていきなり関係ない話になる構成のズラしがいいっすね。
序盤からなんやら含みのある書き方で、ミステリアスな雰囲気の幼年時代の物語と老いた現在の旅路との対比も素敵。ほんで、ミステリ的な意外性では本書でもこれがグンバツでした。思いついても成立させることすら難しそうなネタを独特の世界観を構築することで成り立たせてしまう、連城三紀彦にしか成し得ない力業が凄え。



「火の密通」
極刑になった身寄りのないはずの青年に面会に来た、彼を産んで亡くなったはずの母を名乗る女。幼い頃の記憶とも妄想ともつかぬ墓地に立つ母の光景は現実だったのか......?

一旦登場人物がガラッと変わった前話から、最終話のここに来てまたお馴染みの面々が登場。これまで脇役だったこの人が今回の主役か......という感慨もありますね。
単体では印象が薄いかもしれませんが、一見関係なさそうな前話も含めてこれまでの話に出てきたあれこれが収束し、「これってそういうことなの?」という疑念程度だったものがやはりそうだったと明かされるなどもします。また、これまで主人公にはならなかった"あの人"が最後に本書全体の影の主役のような存在感を放つのも堪らないですね。
連作の締めとして、これまでの全ての話のエピローグとして句点を打つような、完璧な最終話。改めて、粒揃いの短編集にして全体で一つの長編としても成立させた本書の凄味を噛み締めて読み終えました。