偽物の映画館

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相沢沙呼『medium 霊媒探偵城塚翡翠』読書感想文

日常の謎ふとももミステリの旗手・相沢沙呼による、デビュー10周年目にして初の殺人が起こるミステリ、というだけでも気になりみめちゃありました。
加えて、帯文は「すべてが、伏線」、そして書店員たちの絶叫が帯裏に敷き詰められたかなり強気な宣伝姿勢と、実際に読んだ人たちの尋常じゃない褒め方を見るに至って、気になりすぎて買うことを決意したわけですが......。




いやはや、評判に違わぬ傑作でした。

推理作家の香月先生が霊媒を名乗る少女・城塚翡翠と出会い、彼女の霊視によって見えた証拠能力のない真相を論理に落とし込んで証明していく......という、連作集です。


もうね、なんも言えねえ。

とりあえず、ミステリ短編集としては、翡翠ちゃんの霊視によって真相の一片が先に分かってしまい、そこに論理的推理を合わせに行く、という捻りの効いた設定が見事。
主人公が作家の香月先生だったり、水鏡荘が出てきたり、ネーミングにモロに麻耶雄嵩オマージュをぶち込んでいますが、この設定もまた麻耶っぽいとこですよね。
また、翡翠ちゃんの霊視の効果が毎回少しずつ変わってくるので、そこは西澤保彦のチョーモンインシリーズみたいに毎回違う設定が持ち込まれる特殊設定ミステリのように読めるのも面白いですね。
ただ、その設定を除けば、各話の内容は論理的推理によるオーソドックスなミステリという感じで、面白いもののやや物足りなさがあるのも事実ではあります。

また、著者の青春小説の旗手としての手腕も存分に発揮されていて、闇を抱える天然美少女と童貞臭の強いミステリ作家兼名探偵とのむずきゅん全開のもどかしいラブストーリーに身悶えしつつ、翡翠ちゃんの美しいふとももやおっぱいや鎖骨がチラ見えするサービスっぷりも素敵。
話が進むごとに少しずつ進展していく2人の恋の行く末にも注目!!!


と、一見そんな青春ミステリ短編集である本書ですが、一方で連続女性殺害事件の模様がインタールードによって語られていきます。
そして、その結末となる最終話を読むに至って、うわあああぁぁぁどひえぇぇええぇぇえああああぁぁあああぁぁぁああああ!!!!と絶叫しました。叫ぶ他ない、慟哭する他ないこの結末についてはもちろんネタバレ厳禁。

一言だけ言うなら、ミステリの意外性は出尽くしたとは言われても見せ方の巧さでここまで驚かせてくれるあたり、泡坂先生の衣鉢を継ぐ奇術的楽しみに満ちた探偵小説であると言えるでしょう。



では、以下でネタバレ感想を書いていきます。































というわけで、超絶技巧+メタ的なミステリ読者いじり+童貞を(精神的に)殺す美少女によって騙される快感と自己嫌悪の両方を感じさせられる強すぎる解決編でしたね......。


いやぁ、非常に悔しいですよ。
なんせ、完璧に作者の掌の上で踊らされてましたからね!
よく、マジシャンが簡単なマジックに失敗したフリをしてもっと凄い現象を起こしたりするじゃないですか、あれですよね。
香月が殺人鬼であることは見え見えなんですが、見え見えすぎない見え見えなんですね。......つまり、読者が自分で推理して分かったような気になれるには最適の難易度。
作中で2箇所ほどあからさまな伏線というか仄めかしがありますが、そこを除けばこの香月=殺人鬼というトリック自体が実によく出来てるんですよね。真相を知ってから読むと意味自体が変わってしまうシーンの作り方も上手いし、事件が起きた日の香月のアリバイがないことがぬけぬけと示されているのも笑いましたね。

......っていう、それ自体面白いどんでん返しをミスリードにして、さらにエゲツない「城塚翡翠の正体」という大どんでん返しを食らわせてくるのは、叫ぶしかねえ。

わかりやすい謎を提示し、あえて読者に解かせ、それを解決しないまま物語を進めて、まったく違う答えや隠されていた最大の謎を示すのです

このセリフが突き刺さりました。まさか、"あえて解か"されてたなんて......。

まぁ主人公やヒロインの正体が実は......みたいなどんでん返し自体は腐るほどあるんですが、それでも驚かされてしまうのは、やはり著者が奇術家であり女の子が可愛いキャラ小説の第一人者でもあるからこそですよね。
マジシャンが大げさに右手を振ってたら、左手で必ずなにかを仕込んでいる。知ってはいたけど、騙されました。
(ちなみに、最初からどうも麻耶みが強いなと思っていましたが、この探偵と助手の関係の凝り方はやっぱり麻耶オマージュだったんだと確信しました)。

そして、そこからのミステリファンの、特に男の、中でもとりわけ童貞性の高い男の心を的確に抉ってくる翡翠ちゃんの攻撃がいちいちクリティカルヒットしたので解決編の半ばでもうただのしかばねのような有様になってしまった私なのでした。

いや、確かにおかしいとは思ってたよ!
あんな女いねえもん!実際いたらそりゃ同性の友達は絶対できないし正直私だってちょっと引くしなんだこいつと思いますよ......顔が良すぎなければ
そう、顔が良すぎるんですよ!!個人的にイラストの表紙ってあんま好きじゃないんだけど、それでも本書の表紙絵の翡翠ちゃんの顔の良さったら、まさに理想の、いや、理想さえ超えてますよ!!
そんな可愛い女の子にあんなことやこんなことをされたら、そりゃ信じてしまいますよ。
絶対におかしいことは分かりつつも信じてしまうんです......。それが男というものさ......嗚呼、世の中顔がすべて......。
で、香月さんという男は殺人鬼であること以外はわりとキャラ薄いからいわば彼視点の文章はまさに視点カメラのようなもので、読者はさもPOVのように翡翠ちゃんの魅力を自分だけのものとして受け取ってしまうんですね。
だからこそ、あれには衝撃を受けるんですけど、でも、読んでるうちに嗚呼、翡翠様、私にもっと罵倒を......っ!という倒錯的な気持ちになってきたりもしちゃって......。
要は、 #翡翠ちゃんかわいい ですね。

で、この驚きによる叫びに目が行きがちではありますが、ロジック系ミステリとしても、一度は霊視アリ版で論理的推理を行なった後で霊視ナシ版の別ルート論理を見せてくるという作り込み方!!
たしかに、各話を短編として読むとやや物足りないところはあったんですが、翡翠ちゃんによる解決を読んでみると、各話が一つの短編としても面白くなっちゃうからすごい。

そして、極め付けはエピローグですね。ここに至って、また分からなくなってしまう......。結局、1番のミステリーは女なんですねぇ......。



まぁそんな感じで、めちゃくちゃ面白そうなあらすじや帯文に負けないくらい実際に面白い傑作で、売れるのもわかるんですが、実は結構狭い層を狙い撃った作品でもあり、刺さる人には刺さると思います。

私には、刺さりました。