偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

澤村伊智『ひとんち』感想

『ぼぎわんが、来る』『予言の島』を読んだことのある澤村伊智によるノンシリーズのホラー短編集。


解説にもある通り、とにかく振り幅がすごいです。
基本的に「ふつうの日常が恐怖に侵食される現代モノのホラー」という外枠は全編に共通してるんですが、それでいて怖さの質感や方向性はそれぞれ全然違っていて、似た話がないんですね。
また、どっちかというと人が怖い話より怪異っぽいものが出てくる(解釈による部分はあれど)話が多い気がします。個人的には(陳腐すぎて言いたくないけど)やっぱ人間が1番怖いと思ってて、だから逆に人間が怖い系ホラーってのは怖くて当たり前だと思ってます。一方で、本作は人外のナニかが怖い系でありつつ、演出の上手さでしっかり怖くなってるのが凄いと思います。

『予言の島』のようなホラーミステリ作品も多い著者なので、ミステリ要素を期待していた部分もありますが、本作はミステリ要素は薄めでした。ただ、各話で展開にはしっかり捻りがあるので、そういう意味での意外性は十分で面白かったです。

あとはもう単純に文章が読みやすい。怖いんだけど一気に読めちゃうので、毎日寝る前にさらっと一編ずつ読むとかもオススメっす。

じゃあ以下各話の感想。



「ひとんち」

渡辺篤史をしっかりぶちかましながら旧友の家に招かれるというシチュエーションから、学生時代以来久々に集まった3人の結婚や子供の有無、夫の財力などの現在の生活の違いからバチバチとマウントを取り合う女の戦い......ありがちぃ......。
......とか思っていると、予想外の展開に度肝を抜かれます。
中盤くらいからはあるあるネタ(いや、ないやろ)を羅列していくような流れで、これもいちいち面白い。
ラストはそういうことなのかな???ラストの直前までめちゃくちゃ怖かったんだけど、ラストがちょっと狙いすぎてる感があってあまり好みじゃなかったかな......とはいえ掴みはばっちしの第一話でした。



「夢の行き先」

まだ第二話なのでちょっと軽め。なんなら起きる現象は(怖いんだけど)ちょっとギャグっぽさすらあります。
というか、関西弁の独特のノリで「ババアが」とか身も蓋もない言い方をされるとちょっと笑ってしまう。
タイトルにある「夢の行き先」をめぐるミステリーっぽい感じになるかと思いきやこちらも思わぬ展開で「なんじゃそりゃ」と思ってしまいます。
うん、怖いというよりナンセンスみたいな、「世にも奇妙な物語」の原作になりそうな話。



「闇の花園」

闇の帝王みたいなやつの厨二病全開な語りと、教育熱心な小学校教師が問題のある女子生徒とその母に立ち向かう本編の日常感とのギャップが面白い。
構成が特殊なので何かしら仕掛けとかがあるのかと思ったら何もなかったのは拍子抜けですが、闇パートを描いてる作者楽しそうだなって思うと微笑ましい一編です。



「ありふれた映像」

怖さ部門では本書でベスト。
あの映像をホラーにするっていう着想からして面白く、生活感からの悍ましさへの跳躍にぞくっとさせられます。
正直この発端が怖すぎてそれ以降の展開でこの怖さを超えてくることはないのですが、しかし何もかもよく分からないままのラストまで常に不気味な雰囲気全開で怖いし気持ち悪かったです。



「宮本くんの手」

同僚の手荒れが酷い......という、およそホラー小説の発端とは思えないような始まり方をしつつ、あるところでアレが絡む話だと明かされることで一気にシリアスさを増し、本書の他の話にはない深い余韻(と、もちろん怖さも)を残して終わる印象的な一編。物語性ではこれがベストかも。



「シュマシラ」

そんでもってこれは偏愛枠ベストかな。
昔の食玩のフィギュアにバックボーンの分からないものが一つだけ存在する、というニッチな発端が秀逸。
そこから、探偵ナイトスクープと民俗ホラーを足したみたいな話になっていくのも面白い。
クライマックスはなんていうか、私はよく旅行先であえてよく分からん山道みたいなところを通って迷子になるのが好きなんですけど、その時の感覚に近いような気がしました。不安や怖さもあるけど知らない景色を見る好奇心もある、みたいな。うーん、言葉にするのは難しいけど、その感覚にハマったのが偏愛枠たるゆえんですね。



「死神」

三津田信三にリングのトリビュート短編があったので本作もそれと同じ雑誌なり本なりに掲載されたのかと思いきや、どうもそういうわけでもなさそう(調べたけど出てこない)。単にリングオマージュの短編ってことみたいです。
はっきりしない「死神」の存在や、記憶の飛びなど、本書で最もストレートに不気味さに振り切ったような一編。
終盤で中途半端に謎解きというか答え合わせみたいなのがあるけど中心にいるもののことは何もよく分からんあたりがまた気持ち悪くて良いですね。



「じぶんち」

学校行事の合宿から帰ってくると家族が消えている......というマリーセレスト号のバリエーションみたいなお話。
帰りのバスから降りると異界ってのはちょっと「バトル・ロワイアル」を思い出しました。あっちはそもそも帰って来れてないけど......。
設定自体はよくあるものなので結末もなんとなく予想はしてみるんだけど、本作はここにそれをくっつけるかという意外性のある結末で面白かったです。
冒頭の表題作と対になるようなタイトルからこれだけ違った味を出してくるとこも凄い。色んな話が入ってる本書の中でも最大の異色作で、最後までアイデアの幅広さを見せつけてくるところに著者のドヤ顔を見るようで悔しいです。