『七つの海を渡る星』『アルバトロスは羽ばたかない』の七海学園シリーズでお馴染みの著者による短編集。
本書は9つの短編が収録された作品集で、淡々でも読めますが七海学園シリーズと繋がる話もあるので(そして七海学園シリーズもバリクソ面白いので)極力あちらを先に読んでから読むことをオススメしたい1冊です。
とはいえその繋がりだけでなく、まずは個々の短編がとにかくハイレベルで面白い。
どの話もトリッキーなワンアイデアが真ん中にありつつも、ストーリー展開が上手くお話としての面白さが強いから、下手すりゃバカミスになりそうなところが中和されている印象がありました(いや、バカミスも好きなんですけどね)。
どの話も真相が明かされることで見えていたストーリーに別の側面からの光が当たって余韻が深まるようなお話になっていて、ミステリ短編集として理想的な気がするんですけど、一方で終盤は特に凝りすぎていてちょっとついていけないところもあり、やや策に溺れる感もある気がしてしまいました。
とはいえ1話ごとに新鮮な驚きのある短編がなんと9つも収録された贅沢な1冊で、とにかく読んでて楽しかったです。
以下各話感想ですが、致命的なネタバレはしないものの若干内容に触れるので未読の方はご注意下さい......。
「冷たいホットライン」
登山に行ったカップルが離れ離れの状態の中で吹雪に見舞われてしまうお話。
山のホラーは読んだことあっても山岳ミステリーというのは読んだ覚えがなく新鮮でした。まぁ短編なので登山描写がめちゃ凄いとかではないけど、そんでもスリリングで面白かった。ただオチはだいぶ分かりやすくてそんなこったろうとは思っちゃいました。
「アイランド」
孤島に漂流した幼い姉と弟のきょうだい。獣たちから身を守りながら洞窟の奥などに食料を調達しにいき生活していたが......。
これはすごい。
孤島の状況の過酷さと嫌な大人のいない2人だけの世界の甘美さとのギャップに苦しくなります。そして真相が明かされた時の世界が一瞬で塗り替えられる感じが堪らん......。
「It's only love」
これは正直そんなにかなぁ。
学生時代のグループの一人が結婚してその式の場面からはじまる話なんだけど、登場人物が多い上にあだ名ばっかで誰が誰なのか把握するのに疲れてしまい、意外なオチはあるもののその意外性がそんなにストーリー上重要にも感じられず、こんくらいのトリックなら著者ほどの腕があればちゃちゃっと拵えられそう......と思ってしまいます。とはいえ終わり方の絶妙な緊張感と「そんでどうなるの〜?」感はやっぱ良いですけどね。
「悲しみの子」
福祉局でボランティアする学生は、ホームページに送られてきた少女の絵を見て姉妹が両親の離婚によって引き裂かれようとしているのではないかと心配し......。
これが本書で1番好きです。
複雑な家庭環境にある子どもが主役ということで著者の過去作も想起しますが、真相が強烈なインパクトを持ちつつもそのテーマにも密接に結びついていて物語としての深みも増している。......というか、そういうテーマ性みたいな入れ物がなかったらもはやバカミスと言っても過言ではないようなトリックが物語に組み込まれることで、ミステリとしてこんだけやりすぎてても良い話だったな〜という読後感になるのがズルいわ。
「さよならシンデレラ」
私立中学に入学したものの不良少女になってしまったリコは、公立中学に行った幼馴染のカイエと共に地元の山側のシマを取り仕切っていたが、海側のグループとの抗争がきっかけで強盗の疑いをかけられてしまい......。
女子中学生たちが一昔前のヤンキー漫画(すみません読んだことないからイメージですけど)みたいな不良をやってる様になんかちょっと笑っちゃうし、窮地を救おうとするのが探偵を自称する不良少女とは別の意味でキャラ立ってる少年っていう、違う世界観から来たような食い合わせの悪さにも笑ってしまいます。
しかし読んでいくと少女たちの境遇など笑ってる場合じゃない重い話になっていって、これもバカミス的な真相が明かされることで一気にその重さが増して今まで笑っててごめんなさいみたいな気持ちになるのが凄かった......。インパクトありすぎ。
「桜前線」
高校生になったカイエとリコは成り行きから大学生の男二人とグループ交際をするようになり......。
ここまで独立短編集としてやってきた本書ですがこの話は前話の続編で、タイトルの「桜」というワードも前話のモチーフから引き継がれています。
トリックに関しては面白いけど(ネタバレ→)そんな昔のメールの文面を文字数が合うくらい正確に覚えてるかよというツッコミどころが気になってしまいもします。とはいえ一捻りも二捻りも加えてくる展開は常にスリリングだし、前話に引き続いてまた重苦しい話ながらもどこか希望の萌芽を感じさせるところも良くて、2編合わせた分の感慨に浸りました。
「晴れたらいいな、あるいは九時だと遅すぎる(かもしれない)」
居酒屋で出会った女に、好意を寄せている女性が口にしたという「9時だと遅すぎる」という謎の言葉について相談する男だったが......。
タイトルの通り安楽椅子探偵もの。
冒頭でシャーロックホームズみたいな推理が組み込まれているのが楽しいですが、正直なところ人名がみんなAとかBみたいな感じなのがだいぶ煩雑で読んでて何のことか分かんなくなってきちゃう......は言い過ぎだけど、ちょっとどうでも良い気がしてきちゃうのがアレですね......。
しかし、最後にアレがあることで「これはアレだな......!」と読者に気付かせるアレは上手すぎる......。
「発音されない文字」
少しネタバレになっちゃうんですが、ここからの2編は七海学園シリーズの後日談的なお話。
七海学園のネタバレ配慮のためか人物の名前が全て伏せられていて、正直読んだのめっちゃ前だから誰が誰だかさっぱりだったんですが(苦笑)、あの人が主人公であの場所が舞台、というのはピンと来たのでまぁそれだけでも私の記憶力にしては上出来かな......。
そんで内容は七海シリーズ的にもかなり重要な話で、ほぼ2人だけの会話劇なんだけど非常にスリリングで面白かったです。
「空耳の森」
亡くなった永遠子という女の子がお気に入りだった森で「⚪︎日は必ず行くからね」という声が聞こえる......という怪談がお気に入りの少女がヘッドフォンで音楽を聴いていると、「永遠子、いつかは行くね」という声が聞こえてきて......。
シリアスな前話から一転して言ってしまえばどうってことない日常の謎で、真相もよく出来てるし面白いものの他愛ないものではあります。ただ、そんな微笑ましいような他愛なさと、最後の仄めかしがどちらかといえば重苦しい話ばかりだった本書の後味を爽やかにしてくれていて、これを読んでしまうと七海学園の続きが待ち遠しくなってしまいますが、残念ながら著者はしばらく作品を発表していないようなのが残念......。
ちなみに(ネタバレ→)手旗信号の意味は調べてたぶんそういうことかってのは分かったけど、ちょっと分かりづらい気がします。
