偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

プロミシング・ヤング・ウーマン


医大生でありながらとある出来事がきっかけで中退したキャシーは、夜な夜な酔ったふりをしては手を出してきた男に制裁を加えていたが、ある時医大で同期だった男と再開して......というお話。


「復讐エンターテイメント」という煽りがやや的外れな気がしますが、そういう先入観で観たら違ってて驚いたので逆に良かったのかもしれません。

あらすじやジャケ文を見れば分かるように性暴力や性搾取をテーマにした作品ですが、その描き方がとても冷静なので、逆に怒りがヒシヒシと伝わってきます。
主人公がやってることは、「復讐」というよりは、怒りを込めつつも「啓蒙」に近いんですよね。暴力に暴力をもって反撃しないから「やってること同じ」という批判は受け付けません。
出てくる男にも色々とバリエーションがあり、また男だけでなく二次加害などに加担した女も平等に処されていくのも、当然なんだけど新しいですよね。
街で引っ掛ける男はもうみんな反省しないっすよね。反省しない相手に説教していく徒労感がリアルでありつつ、その反省しなさが醜く、「ああなりたくはないな」と思わされるので観客への啓蒙は成功してるのもクレバーなやり口っす。

一方で偶然再会した元同級生の男とのベタなラブコメパートも並行して描かれます。が、ここでも2人の極端な身長差から、対等な恋愛関係のようでも男の側の匙加減ひとつで暴力による支配関係に転じてしまえるのが示唆されていてヒリヒリします。実際、そのバランスが崩れかける場面がポンと挿入されたりする辺りもエグいですね。

そして終盤ではとあるアイテムの登場で一気に話が転がっていく緩急もばっちしで、軽めの伏線回収っぽい要素もあって話の作り方が上手いなぁと思わされます。

また、ポップな音楽や色彩も素敵でした。詳しくないので分かりませんでしたが流れる曲にもそれぞれ意味があるらしいですね。
映画らしい誇張が少なくかなりリアルな問題提起となっている作品ですが、こうしたポップな演出がどこか寓話っぽさを出している気がします。
エンタメとしての面白さを備え、みだりに暴力的な描写は控え、まっとうに誠実に現代社会に切り込んだ傑作。
私もマジョリティ男性として冷や汗をかきつつこれからは悔い改めようと思わされました。


以下ネタバレ。










































いわゆるレイプリベンジものだと、レイプされた主人公がエロい格好して男たちをぶち殺していくとかだと思うんですけど、本作はそのアンチテーゼみたいな感じで。
まず主人公のキャシーは被害者の親友というポジションで、ナースコスプレとかもするんだけど過度に扇情的ではなく、実際のレイプシーンも映されず、この作品自体が性的な消費のされ方をしないように徹底されている気がします。
前半ではキャシーがその辺の男にお持ち帰りされては説教するという流れですが、「自分から誘っといて......」とか「あんな格好してるから揶揄っても構わない」という男たちの気持ちが正直分かってしまいつつ、それがなんの誇張もないのに十分醜く描かれているのがキモですよね。これ、いかにも変態オヤジみたいなのが出てきたら「俺はこんなに酷くないから大丈夫」みたいに思っちゃうけど、出てくる男はみんな普通なんですよね。ただ普通に女は性的対象物と思っている。世の中がそういうふうに出来ていたから我々はそういうふうに思い込まされているし、その刷り込みを消すことは出来ないかもしれませんが、刷り込まれていることを常に自覚しておいて下の世代には刷り込まないようにするのが、差別意識を持つ我々が差別をなくすために出来ることなんじゃないかと(女性蔑視だけに限らず)最近は思ってます。

ただそんな前半は特に派手なことも起こらず映画としてはやや退屈ではあるのですが、中盤以降、親友の事件の実際の関係者にターゲットを変えてからは一気に面白くなります。
中盤では復習の相手3人のうち2人が女性だったり弁護士の男が真摯に反省していたり、加害者の側の人間にも色々いるし彼らのその後も色々あるってのもまたリアルでフラットな感じがします。

一方で並行して描かれるロマコメパートは古き良きオーソドックスさで唾入りコーヒーみたいな印象的なエピソードもしっかりあって結構きゅんきゅんしちゃいます。
それだけに長身彼氏が実は......ってのはなかなかのショックでしたね。まぁアイツ見るからに胡散臭いから最初から分かってましたけど。
どちらかと言えば、章のカウントがローマ数字じゃなくて「正の字」だったところに驚きました。

結末であくまでも法の裁きが下されるあたりの冷静さもいいと思うんですが、彼らが反省することは多分もうないと思うし、そうなると主人公は無駄死にだったのでは......というのはなんともやるせなく思ってしまいますね。
ただ、主人公の告発の声は結局暴力で潰されてしまい、それでも最後にはなんとか懲悪されるあたりに絵空事ではないリアルな希望を見る気がします。
ともあれまた考え方を変えられるような作品に出会えて良かったです。