偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

藤野恵美『淀川八景』感想

タイトル通り、淀川近辺に住む8人の人々を主人公にした8編の短めの短編からなるオムニバス短編集。



表紙や帯のイメージからほんわかした話を想像していたのですが、冒頭から幼少期に横暴な父親によるDVを見てきた独身の女性と、子供を産んだ妹の話という、重ためのお話。
その後も結婚やお金や家族といった日常的な題材から市井の人々の抱える平凡で重い悩みや葛藤をシリアスに、しかし軽やかで読みやすい文体で描いた作品が多いです。
また、各話とも「この後どうなるの??」と、続きが読みたくなるような良いところで終わるので、読み終わった後も彼らの人生が続いていくっていう感覚が強くて広がりのある余韻が残ります。
また、淀川周辺の風景も印象的で、各話とも物語が風景の中にある感じも良かったです。

以下各話一言ずつ。


「あの橋のむこう」
暴力は連鎖する、暴力は気持ち良い。それを直視することでそこから逃れようとする妹の強さと、その強さの礎になった主人公の優しさが素敵。初っ端から重めな話だけど希望があり、川の風景も印象的で、本書全体の雰囲気を体現するような一話目です。


「さよならホームラン」
父親が再婚し、再婚相手の連れ子が弟になる話。
下手な野球に楽しんで通う弟や、嫌いなわけじゃないけど「お母さん」とは呼べない継母への距離感がありつつ親しみもある視線が絶妙。最後の1行に滑稽さも優しさも哀愁も、この話の全てが詰まってる感じでめちゃくちゃ良い。


「婚活バーベキュー」
タイトル通り婚活バーベキューイベントに参加する女性のお話。
他人の商品価値を測り、自分も測られる婚活という場の極端さがすごい。変な奴ばっか出てくるけどどこか憎めなくて愛おしさすら感じてしまいます。こうなってほしいな、という予想を簡単に裏切ってくるところに人間関係のリアリティがあって良かった。


ポロロッカ
妻が流産し、それから妻との間に隔たりを感じるようになった主人公が自分を見つめ直すために琵琶湖まで歩くお話。
土日の2日間で大阪から琵琶湖へと歩く小さなロードムービーのような話。歩きながら物思いに耽るのは好きですが、その物思いの内容がだいぶヘビー。私が男だからか、あるいは子供欲しくないからか、どうしても妻の態度に若干ムカついてしまいます。心が無い。なので主人公が最後にああいう心境になるのは偉いと思う。私だったら別れてるな......。酷い。


「趣味は映画」
転校してきた高校で友達もできず趣味は映画だと言ったら映画撮ってる女の子にスカウトされて主役をやらされる少年の話。
自分も高校時代は映研であり得ないくらいの棒読みで主演とかやった思い出があるので、そういう意味では一番共感した話ですね。ハッピーなだけの話じゃないけど(友達いないし)、爽やかな青春もので本書の中では異色作。胸キュン要素もあってドキドキしちゃったし、高校生らしい好きな映画で通ぶってマウント取ったりするところも微笑ましい!恋したいね。


「黒い犬」
飼い犬の死をきっかけに離婚して一人暮らしを始めた女性が河原で黒い野良犬に出会うお話。
ペットを飼うつもりがないのにペット可の物件を探すという不思議な発端がまず良くて、そこから主人公の喪失感や孤独が浮かび上がってきます。黒い犬はどこか主人公を導く使者のような存在感があり、その役目を果たすラストシーンは映像的で、本書でも最も鮮烈。


自由の代償
色んな人が出てくる本書の中でも珍しい、相場師が主人公のお話。
孤独な男がスーパーでできる限り出費を抑えようと計算するところがなんか嫌で第一印象悪かったんだけど、女子高生と関わってドギマギしたり、捻くれているようで意外と素直なところがどんどん見えてきてじわじわと彼に愛着を抱くようになりました。どうってことない話なんだけどその中でも少しの心境の変化が描かれていて爽やかでした。


「ザリガニ釣りの少年」
小学校のクラスでいじめられている少年に、いじめる側に加担してしまった少年が謝りに行こうとするお話。
悪いことだと分かっていても保身のためにいじめる側に着いてしまい、あいつが抵抗しないからだと正当化しつつ謝りに行く主人公の心の動きがリアル。この弱さも狡さも身に覚えがありすぎてつらい。一方でいじめられる側の少年がちょっと超越的なところがあって、彼と対話することで世界の見方が広がる結末は題材の重さに似合わず爽やかで、彼らなら良い友達になっていじめを無くせるんじゃないかと思わされます。