偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

小川勝己『彼岸の奴隷』感想

数ヶ月ぶりの小川勝己
前回読んだ時は精神が不安定でまともな感想も書いてなかったけどむしろそれが小川勝己らしさのようなもので、わりと安定している今読んでもむしろ十全に楽しめていないのではないかという気がしてしまいますがそれはそれとしてめちゃくちゃ面白かったです。

彼岸の奴隷 (角川文庫)

彼岸の奴隷 (角川文庫)


首と手首を切断された死体が発見され、捜査一課の蒲生は所轄の和泉とコンビを組んで事件の謎を追う......という、オーソドックスな刑事モノのようなあらすじですが、そこは小川勝己先生ですので内容はちゃんとエログロ猟奇狂気ノワールです。

そもそも登場人物が誰一人マトモではない、それはもう主人公たちから脇役に至るまでほぼ全員なんかしらおかしいという世界のお話なので、とにかくハチャメチャ!ハチャメチャな現在のパートにたまにハチャメチャな回想が挿入されて、首無し死体の事件はどうなったんだってくらいただただキャラクターたちの変態的な嗜好やキチガイすぎる逸話、歪むのも納得のヤバすぎる過去なんかが怒涛のように描かれていって、その熱量で一気に読ませます。

大学生みたいな風貌のヤクザの若頭・八木澤センセーを筆頭に、とにかく胸糞悪くなるような描写のオンパレードなんですが、それでいて全編を通して切なさや儚さをも感じさせるのは、登場人物がただのサイコとしては描かれていないからでしょう。
それぞれにきっちりと掘り下げがあり、どうしてそうなったのかが分かるように描かれているから、最初は彼岸の人に見えていた彼らが徐々に此岸に近づいてくる、いや、読者の方が気づかないうちに彼岸に引き寄せられているのか......といったあたりがとても巧妙。
最初は嫌悪感しか抱いていなかった彼らに、クライマックスのシーンではかなり感情移入してしまってなんなら応援しちゃってる自分に気付いて驚かされました。

一方で、最後まで読んでみるとミステリとしてもしっかり作られていてこれまた驚きました。
全員キチガイだからフェアプレイとか論理性とかではないんだけど、印象的なヤバいシーンの中にさらっと伏線を忍ばせて最後で一気に回収する様は伏線やどんでん返しが好きなミステリファンでも楽しめると思います。

ミステリ的にもリビドー的にも詰め込めるだけ詰め込んだ後で、終わり方は静謐な感じなのも素晴らしいっすね。
Twitterのフォロワーが飛鳥部勝則作品を指してハチャメチャからの静かで美しいラストを「涅槃」と評してましたが、本作もそんな涅槃ミステリの仲間ではないかと思います。まぁ涅槃つーか彼岸なんだけど。
(ちょいネタバレ→)穏やかな日常に帰ってきたようで、そこはもう彼岸でしかないというのがとても良かったです。

あと、個人的に好きなのは和泉と隣の夫婦の話と、和泉の少年時代の話ですね。公園のトイレも良い。ちんこ勃ちっぱなしでした。