偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

小川勝己『まどろむベイビーキッス』感想


そんなこんなでハマってる小川勝己先生の、まぁ代表作のひとつと言えそうな作品ですね。


まどろむベイビーキッス (角川文庫)

まどろむベイビーキッス (角川文庫)


キャバクラ"ベイビーキッス"で働くみちるは、自身のホームページの掲示板で常連のみんなと話すのを生き甲斐にしていた。
しかし、ある時その掲示板が悪質な"荒らし"に遭う。
折しも、店では他の嬢との関係が悪化し始め......。


2002年刊の作品で、個人のホムペってやつをパソコンとかガラケーを使って運営していた懐かしき時代が描かれています......と言っても、私は当時8歳なので2ちゃんとかを見出すのももうちょい後なんですが......。

ともかく、一般人が当たり前のように個人サイトを持つことができるようになった時代のワクワク感と、しかしどこか醒めたような感じ、あるいは熱狂しすぎてしまう感じ、そんな感じが滲み出るプロローグからして良くも悪くも懐かしさに死にそうになりましたね。
(自分の黒歴史なんかも思い出させられたりなんかしちゃって)。
今時のSNSじゃなくって掲示板ってとこに、今読むとなかなかの異世界感があってワクワクしますね。

一方、本作のもう一つの舞台であるキャバクラというところには私は一度も行ったことがないので本当に異世界
人間関係がどろどろしてるのなんてどんな場所でもそうかもしれませんが、客の取り合いとかで露骨にそのどろどろが見えてしまうのがこの場所なのかもしれません。嫉妬やイジメといった生々しい描写のリアリティに、読んでいるだけで心臓がドキドキして頭が熱くなってきます。
ただ、どろどろしてまで自分が上に行きたいという彼女らの意志の強さはリスペクトできる面もあるかも。


そして、ミステリとしても面白かったっすね。
冒頭からはっきりとした謎は無くて、この物語の行き先が一番の謎みたいな感じで進んでくんですが、中盤から倒叙の西村京太郎になったりとなかなかプログレな展開の意外性だけでも楽しめます。
そして、突然のメイントリックにはやられました。ミステリを読みなれていれば予想の付く内容ではあるかもしれませんが、それがそのまま本作のテーマを語っているというのが見事。
主観的な自意識の肥大と、客観的な自己の価値の低さとのギャップにやられちまうなんてのは、キャバ嬢やホムペの管理人氏に限らず現代人の宿命でありまして、そういう普遍的なテーマがあるから2000年代前半の風俗を描いていながら今読んでもエモーションが鋭利なままに突き刺さってくるんですよね。


正気という地獄あら、狂気という解放を得るクライマックスは、絶望的でありながらも、どこか爽快感も漂い、切なくも強いカタルシスがありました。

残酷にして美しい、現代の寓話ですね。大好き。