偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

猟奇文学館2『人獣怪婚』感想

『監禁淫楽』『人獣怪婚』『人肉嗜食』の全3巻からなる猟奇アンソロジーシリーズの第2弾。

タイトル通り人と獣との交わりが描かれた短編が12編収録されています。

平均30ページもないくらいの短いお話ばかりなので読みやすく、収録作家のチョイスも聞いたこともなかったような人からカルト作家、超有名作家まで幅広く、作品の内容もロマンチックなものから俗物的な獣姦の話までやはり幅広く、満足度の高い良いアンソロジーでした。
他の2冊もいずれ読みたいっす。





阿刀田高「透明魚」

ふらっと入ったカフェで出会った透明の魚と、不思議な美女。
同じことの繰り返しの日々の中でふらっと異界に入り込んでしまったワンシーンを切り取ったようなシチュエーションが良いですね。
「を」という文字を効果的に使った艶かしいホテルの場面が印象的で、ぐいっと現実に引き戻されながらも白昼夢の余韻残るラストも綺麗。



赤江瀑「幻鯨」

古風で品と色気のある文体だけでも既に異界に捕らわれてしまうよう。
5年間で一頭も鯨を獲れず、ついに藩から切り捨てられようとしている鯨組を生々しくシリアスに描いた作品。
大自然の残酷な気まぐれとそれに翻弄されて狂っていく人間たちを描く中盤までは怪奇要素ゼロでただただ痛ましいお話が続きます。
だからこそ、最後の最後で見えてくる怪奇幻想の風景が残酷ながら美しい印象を残します。
きっちりと作品世界が作られているからこそ、それが壊れる結末が美しいと言いますか。いや、とても良かったです......。



眉村卓「わがパキーネ」

水の生き物が続いたところからの突然のエイリアン!
醜く太った異星からの留学生パキーネを金のためにホームステイさせることになった青年が主人公。
ダメっぽい青年が恋愛と美醜や欲望についてうだうだとモノローグするのは非モテ系恋愛小説としても面白く、そこに異星人の能力が絡んでくることでSFの面白さもあります。重厚な赤江瀑の後だから軽妙さも際立ちますね。
内容は現代の観点からするとやや差別的な感じもするんですが、とはいえ(ネタバレ→)地球人としての下等な欲望を自覚しつつ、向こうの星に行くことで強制的にそれを失おうとするような結末だと言えなくもないので良いんじゃないでしょうか。



岩川隆「鱗の休暇」

都会のサラリーマンが有給を使って気ままに四国旅行......という発端からの、都会人から見た田舎の良さとヤバさの描写が素晴らしいっすね。
やや軽めのノリながらも、田舎で出会った美しい娘との情事の場面は生々しくて興奮しちゃうし、その魅力にずるずると引き摺り込まれていってしまう過程もついつい共感しちゃうものがあります。
生理的な快と不快が共存する感じからの、性と死が共存する感じの終わり方がまた良い......。



村田基「白い少女」

モテちゃってしょうがない大学の友達が出会った美しい奇形の少女の話を聞かされる主人公。やがて、その友人は大学に姿を見せなくなり......というお話。
80年代の作品なんだけど、もうこのくらいの時期だと「俺留年するわ」「まじかよいいなー。俺は卒論と就活やで〜」みたいな、今と全く同じ大学生の生態が描かれていて面白かったです。
それはさておき、"白い少女"本人よりもまず親がなんとも不気味なのがいいっすね。
それも、ちゃんとこの世の人間としての怖さというか、普通の人間が何か事情を抱えているために言動がおかしくなってる感じが怖いんですよね。
そしてその後の展開については言わぬが花なので言いませんが、クライマックスのシーンのインパクトはなかなかでした。



香山滋「美女と赤蟻」

以前アンソロジーで読んだ「月ぞ悪魔」が好みだった香山滋ですが、本作も良かったです。
南米の地で身請けた美しい娼婦にはしかし秘密があって......というお話。
熱気や臭いまで漂ってきそうな異国の描写がまずは生々しくて、そこで出会うクセ強い人々もまたそれぞれ印象的。
そんな中で、ヒロインの男に都合の良すぎる可憐さがいかにも昔のおじさんが描いてる感じはしちゃうし主人公が身勝手すぎるものの、でもやっぱりエロいし素敵で、それにムズムズと身悶えしてるところにやってくる悲劇的な結末もまた哀しくも美しいです。
やっぱこの人好きかも。



宇能鴻一郎「心中狸」

地元の老人から土地に伝わる狸の民話を聞くお話。
なぜか狐を上げながら狸を下げる語りが面白いんだけど、それも狸への愛ゆえ(?)。
そして女のお尻大好きな狸がまた憎めないんですよね。たしかにアホやしディスられてもしょうがないけど。
そんな狸くんの辿る結末は、しかし滑稽ではありながらも哀しいもので、なんとも言えぬ哀愁漂う余韻が残ります。
また序盤で紹介される色んな狐や狸の民話も面白く、語りを聞く楽しさが味わえる作品でした。



澁澤龍彦「獏園」

なんとなくヤバそうなイメージはあったものの初読の澁澤龍彦
意外と読みやすくて面白かったです。
天竺を目指す高岳親王が道中とある国で獏園を訪れるお話。
歴史上の人物が主役ではあるものの、恥ずかしながら高岳親王なんて名前も知らず、かろうじて薬子の変という事件の名前だけは知っていた(内容は知らん)程度なんで、その辺のネタは分かんなかったけど、そんでもめちゃ面白かったです。
異国を通り越して異界のような盤盤国の風物の描写、そして「獏」にまつわる奇想の描写で一気に夢幻の世界へと誘われます。
そして、目の前のエロ事と過去のエロ事がオーバーラップするクライマックスから、全てを飲み込むラストまで、美しくて奇妙なものだけで出来た結晶のような短編でした。

ちなみに本作は『高岳親王航海記』という連作の一編らしいですね。気に入ったのでいずれは親本も読んでみたいと思いました。



中勘助「ゆめ」

時間も、空間も、人と獣の境も、全てを飛び越えてしまう、それこそ白昼夢のようなと形容する以外に私なんかでは語る術を持てぬような不思議な作品。
時空と同時に読者の感情もあっちへ飛ばされこっちへ飛ばされと振り回されてしまいます。
この陶酔感や眩暈感は文章ならではのものでしょう。何が起きてるのかまるっきりよく分かってないままに、Don't think,Feel !とばかりにただ色んな感情を持たされるのはなかなか不思議で新鮮な体験でした。



椿實「鶴」

たった4ページでここまで鮮烈な印象を植え付けられるのか、と驚かされた一編です。
なんせ4ページだけのお話なので、起こることを一言で言えば鶴とセックスするってだけの話なんだけど、これがもうインパクト抜群。
一般的には美しくて高貴なイメージもあるだろう鶴ですが、正直目の前に出てきたら怖っすよね、っていうのを分かってる醜怪な鶴の描写が凄い。そんな鶴に、しかし怖いもの見たさのような感覚なのか、近付いていってしまう心理も理解できるように描かれているのも凄いっす。
そしてそこから性と死への恐れや畏れを描き出しているのも好きです。そんな感じなのでスピッツ好きな人は好きなんじゃないかと思います(なんでもスピッツに繋げる悪癖......)。



勝目梓「青い鳥のエレジー

自宅で人妻と不倫しているところへ迷い込んできたセキセイインコがあんなことやこんなとこにツンツンしてきて......っていう他愛もない導入から始まる青春小説。
くだらなく退屈な仕事と特に愛情を抱いているわけでもない人妻との関係に明け暮れる主人公の姿に私なんかは結構感情移入もしてしまい、ラストはぶっ刺さりましたね。
こういうやらかし自体は恋愛においてはよくあることですからね。誇張されつつもリアルなお話ですよね。
別にインコとセックスするわけでもなく、インコという小道具を使った青春小説なので、本書のテーマからはやや逸れる気もしますが、好きです。



皆川博子「獣舎のスキャット

いまや巨匠と呼んでも差し支えない皆川博子氏の初期短編だそうですが、既にぐいぐいと引き込んで読ませるパワーは抜群です。
主人公が弟を姑息な手段で陥れようとしていく様子を犯罪小説のような筆致で描いた作品で、冷酷なんだけど哀れでもある主人公の悪意の勢いに圧倒されてしまいます。
「鶴」と同じく身も蓋もロマンもない獣姦の話なので、別に怪奇でも幻想でもなくただ生々しくて嫌な感じなんだけど、それだけに強烈な余韻を残します。
本書のコンセプト的にはどうなんだろうという気がしなくもないけど、傑作です。