偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

高木彬光『妖婦の宿』感想

実は『刺青殺人事件』しか読んだことのない高木彬光先生。短編集で読みやすそうなので読んでみました。


神津恭介シリーズの4編収録の短編集。
最初と最後が中編くらいの長さで、間の2編が40ページ程度の短めの短編です。

冒頭の「殺人シーン本番」は、映画会社の社長の邸宅で若き新妻が殺害されるというお話。
まずはクセの強い家族たちのキャラが面白いです。特に心霊大好きおじさんのイラッとくるけど笑える感じは好きですね。
事件は密室で起こるんだけど、密室トリック自体は全然重要視してなくてほんとに初歩的なものであるのが潔いですよね。
その上で、事件発生時に聴こえたカチンコの音などを元に論理的に犯人を指摘していく過程の方で楽しませてくれます。
終盤の犯人のあの行動は軽率すぎる気はするし、神津先生も何も事件防げてないくせになんでそんなドヤ顔してんねんって感じはあるけどそれはそれとして面白かったです。


続く「紫の恐怖」「鏡の部屋」は短めの短編。
それぞれ色白美人の依頼人に誘われて青森まで飛んだり、かつて奇術師が住んでいた邸宅での魔法のような事件だったりと雰囲気は満点。
ただ、ネタはかなりシンプルでそんなに意外性はないし、両者で若干というかかなりネタが被ってるように思えるのも気になるところ。
言い方悪いけど表題作前の箸休め的な2編。


そして真打登場の表題作「妖婦の宿」
これはさすがにめちゃ面白かったです。
著者の高木彬光本人が探偵作家クラブかなんかのイベント用に書き下ろした犯人当てであり、作中では松下君が同じ経緯で書いたことになってるというメタな遊び心が楽しい一編。
八雲真利子という男を破滅させる妖婦のキャラ造形が極悪にして蠱惑的で、そんな彼女の元に彼女にクリソツの人形が"刺殺"された状態で送られてきて、やがて彼女も......という事件のケレン味も素敵です。
私は犯人当てめちゃ苦手なのでうんうん唸っても全くとっかかりさえ掴めず早々に諦めたわけですが......。

解決編を読んでみると、なるほど納得!
トリックとロジックが共にシンプル且つ鮮やかで、読んでみれば確かになぁと思うのに自分ではなかなか解けないという絶妙な塩梅が凄いっす。
実際、探偵作家クラブでの出題時にも完答した人はいなかったようで、探偵小説の鬼たちでさえそれなら私が分からないのも無理はないところ......。
悔しいですが、こういう良い犯人当てを読むと、もっと犯人当てやりたくなっちゃうんですよね。なんか犯人当ての短編集とか良いやつないかな〜......。