偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

小川勝己『葬列』感想

横溝正史ミステリ大賞を受賞した、小川勝己のデビュー作です。



場末のラブホテルで働く明日美は、障害者の夫の医療費に逼迫される生活を送っていた。
九条組の構成員である青年ヤクザ史郎は、気弱な性格から組でも軽んじられていた。
人生に行き詰まる彼らが出会った時、一世一代の大勝負の幕が上がる......。


デビュー作ですが既にいつもの小川勝己らしさが確立されています。
言ってしまえば、著者の作品はほとんどが「社会の下層にいる人々が破滅と引き換えに最後の花火を打ち上げる」みたいな話であり、本作もそれです。
デビュー作だから大人しいのか、後の作品ーー例えば2作目の『彼岸の奴隷』なんかと比べてもエログロは控えめ。
一応えっちな人妻は出てくるけど、彼女とどうこうなることもないし、クセ強ヤクザさんたちも出てくるけど常識的なヤクザの範囲に留まり(?)人肉を食べたりはしません。
なので後の作品を知っているとやや刺激が足りない気はしてしまいます。

ただ、お話はやっぱりべらぼうに面白いっす。
大袈裟な描写や都合の良い展開などが多いことが、著者の場合は瑕疵には思えず、むしろストーリーを牽引する勢いとなって圧倒的なリーダビリティを生み出しています。
そして、その辺でリアルさを犠牲にしている代わりに心理描写はとてもねっとりと描かれるので、誇張されつつもリアリティはあるという独特の読み心地になっています。
登場人物たちのやってることはめちゃくちゃなんだけど、共感できちゃう。気持ちは分かるよ......とかじゃなくて、読んでる間はもう「やれやれ!ぶっ殺せ!」くらい前のめりに共感できちゃうんです。
それだけに、クライマックスのどんぱちやるところなんかもサイコーに上がるし、サイコーに上がりつつも逆転劇というよりはやけっぱちのマリアなノーフューチャー感に泣きそうになったりもしちゃいます。

そんな激エモなクライマックスの後のミステリ的な解決は正直要らない気もしちゃいますが(わりと見え見えなので......)、エモからのサプライズというのも後に通じる作風であり、『まどろむベイビーキッス』なんかを思い出してしまいます。

そんな感じで、デビュー作には作家の全てが詰まってるなんて言い方をよくしますけど、本作に関してはそう言ってもいいんじゃないかなって感じの傑作でした。