偽物の映画館

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朱川湊人『いっぺんさん』読書感想文

たぶん高校生の時以来くらいでめっちゃ久々の朱川湊人

いっぺんさん (文春文庫)

いっぺんさん (文春文庫)


別に読もうと思った特別なきっかけがあるわけじゃないですけど、なんとなく彼の作品って夏のイメージだったので今この時期に読んでみました。やっぱノスタルジーの濃密さと、暑くてもさらっと読める読みやすさのイメージが強いためだと思いますが。

で、本書もそんなノスタルジックさがたっぷり詰まってます。なんせ、ほとんどの話に田舎と子供が出てきますから、ストレートにノスタルジーですよ!

また、雰囲気的にはそうやってノスタルジーが通底していてジャンル的にも大まかにくくるとどれもホラー・怪談ではありながらも、話の内容は様々で、普通に怖い怪談からややコミカルなもの、泣ける話まで幅広く楽しめるのも魅力。1話1話は短くてややあっさり目ではありますがコンセプチュアル且つバラエティ豊かでオススメの一冊です。

では以下各話の感想を少しずつ。





「いっぺんさん」

どんな願いも"いっぺん"だけ叶えてくれるという「いっぺんさん」。主人公は、親友のしーちゃんの夢を叶えるために2人でいっぺんさんを探す小さな冒険に出る。


少年の日の友情、自転車での冒険、田舎の祠に祀られた神様......。
前半はそんな絵に描いたようなノスタルジックな一日を描いていて、夏に読みたくなるような美しい光景を楽しめます。
後半は一転してかなり切なめではありますが、しかし暖かい気持ちにもなる結末が良いですね。
ある種ハチャメチャなオチではあるんですが、それだけに予想のつかない驚きがあり、その驚きのテンションがそのまま感動にもなっちゃって泣けるんですよね。
「なんでも一つだけ願いが叶う」という元から都合良すぎるルールを、さらに都合良くしまくった展開ではありながら、お話の作りの上手さのためにご都合主義という感じは薄く、「せめてこれくらいの奇跡はあってもいいじゃないか」と素直に受け入れられるのが凄いですね。
また、本書の最終話「八十八姫」の結末もどことなくこのお話に通じていて、一冊読み終えた時にこの表題作の余韻もまたいっそう広がるあたり、一冊の本としても愛着のわく見事な短編集だとも思います。





「コドモノクニ」

子供を主人公にした、春夏秋冬の4つの結末の無い物語に、ラスト一行でまとめてオチが付くという変則的な構成の作品。


まず、最初に一つだけ文句を言いたいのですが、タイトルとか最初と最後の一行の、ひらがなの言葉をカタカナで書く演出がマジでダサいし嫌いなのでやめてほしかったです......。
まぁそれは置いといて、内容はとても良かったというか、いい意味で最悪でした......。
それぞれのお話は10ページにも満たない短いもので、テーマは子供の身に起こる悲劇というところまで共通しているにもかかわらずそれぞれ全然違う読み味なのが凄いです。

男の子が主役の春と夏は自らの罪の物語。
自分のやってしまったことの取り返しのつかなさに押しつぶされてしまう気持ち、あるいは奇異なものへの嗜虐心と恐怖なんていうのは子供の頃にとっても身に覚えのある感情で、あの気持ちをここまで正確に描き出せる筆力に驚きます。超わかる〜。

一方、女の子が主役の冬と秋は、自分と家族との関係を描いたもの。別に性差とかではないけど、こういう経験は私にはないので男子たちのお話ほど実体験に伴う共感は出来ませんでした。
それでもお話としてはこっちのが一層やるせなくて印象的です。特に秋は最後の話だからか救いがなさすぎてつらい。

そして、本作の目玉(?)である4話同時ラスト一行ですが、これはじわじわ来ますね。
なんせ、だいたいそれしかないという予想通りの一文ではあるので驚きこそないものの、その意味するところは話によって違ってくるし、受け取り方によっても印象が変わるし、想像するほどに味わい深くなる結末です。
結末、というよりも、結末を読者自身に想像させるための問題提起とも言えるような。
一読していまいちかなと思いつつもじわじわと、余韻が広がっていく、そんな作品でした。





「小さなふしぎ」

昭和40年頃、少年だった主人公は、戦争で片腕をなくして"小鳥のおみくじ"で生計を立てる中山さんと出会い、彼の仕事を手伝わせてもらうことになるが、ある日不思議な出来事が起こり......。


少年が、生きるということ、命というものに少しだけ接する経験を描いたお話です。
ストーリーは本書の中でも最も地味なものでしょう。タイトルにある通り、ほんとに小さなふしぎが一つ起こるだけなんですから。
しかし、それだけに最も等身大に感動できるお話でもあると思います。

冒頭のさらっとした説明でもうこの時代のこの町の空気が伝わってくるのがさすが。
そして、狂騒から少し離れたこの町に生きる中山さんという人もまたリアルに浮かび上がってきます。何が正しいのかは分からないけれど、自分なりのプライドを持って生きる彼の姿はかっこいい。この中山さんが、個人的には本書で最も印象的なキャラクターでした。もちろん健気なチュンスケも。

最後にとある実在の人物の名前が出てくるのですが、それでまた余韻が深まるのでずるいですね......。
当時はきっと今ほど情報の量も少なかったから、余計にこういう出来事が人々に大きな衝撃を与えてその人生を変えるようなこともあったんでしょうね。この人についてももっと知りたいという気持ちにもなってしまいました。





「逆井水」

会社をクビになって彼女にも振られたフリーターの主人公が、自分探しの旅に出て若い女ばかりがいるハーレム状態の村を訪れるお話。


本書の折り返し地点ほどのところに収められたこの短編は、怖さや切なさよりも滑稽さの目立つ軽めのお話です。

朱川さんの作品であまりストレートに性的な描写を読んだことがなかったので(だいたい暗喩的な形で出てくるイメージ)、こういうハーレムでヤリまくりというのは新鮮ではありました。
ただ、本書の他の短編と比べるとやっぱり箸休めのように感じてしまうのも正直なところ。

まず、設定がめちゃくちゃですよね。良くも悪くも。
「そんな都合のいい話があるかーいw」というウケ狙いのご都合主義でもあるから、笑えるには笑えるんだけど、やっぱり表題作のご都合主義を感動にまで繋げた手腕を見てしまうと物足りなさはあります。
また、結末も一見ブラックなようでいて普通に羨ましいハッピーエンドにしか思えなくて、あんまり余韻も残らないんですよね。
だからまぁ、さらっと読める箸休めにはぴったりの一編です。





「蛇霊憑き」

年の離れた大切な妹を何者かに殺された主人公が、刑事に向けて妹が"蛇女"を自称するに至った顛末を語っていくお話。


というわけで、こっから本書の後半戦。
ここまではどちらかというと切ない路線の話が多かったですが、ここからは怖いです。

この話は、まさに蛇のようにぬるぬるしてつかみ所のない怖さが味わえる逸品。
妹が蛇になったと自称し、奇妙な言動が増えるも、確信に至るにはちょっと足りないものばかりで結局何が起きているのか宙ぶらりんな状態が良い意味でとても気持ち悪いです。
そういう正常なのか異常なのか分からない怖さ......というのが常にあるんですが、結末でそれがこういう形で現れるのも厭ぁな感じで最高です。
あと、悪夢のようなとある夜の場面が非常に恐ろしい。これを映像で見たらB級っぽくて笑えると思うけど、文章だと夢に出そうな怖さ。こういう映像にはできない説得力は小説の醍醐味かもしれんですね。





「山から来るもの」

母親が恋人と過ごすクリスマスを邪魔しないようにと、中学生の阿佐美は田舎の山奥にある祖母の家を訪れる。その夜、彼女は祖母が奇妙な人影のために残飯を供える場面を目撃する。そして......。


田舎を訪れてそこで怪異に遭遇するという王道な怪談の形をしていますが、怪異だけでなく人間ドラマとしても恐ろしい傑作。
なんせ、主人公の家での母親と恋人がいるという状況や、祖母の家での叔母と祖母の力関係など、怪異が現れる前から人間関係の嫌なところがバリバリ出てて、怪異を受け入れるためのダウナーな気分の下地を作ってくれてます。
そして、ついに出てくる怪異もまた気持ち悪くて、川原の場面はやはりトラウマ級。
前話に続いて、こういう恐ろしい光景を描くのもうまいってとこを見せつけてくれますね。
しかし、ラストはやっぱりもっと心理的に深いところでの怖さで、突き放されるような嫌な余韻が後を引きます。
(ネタバレ→)ババアの優しいセリフのたった4ページ後にはもうこの結末ってのがまた残酷。この結末の後にも、「コドモノクニ」のラスト一行を付け加えられそうですよね





「磯幽霊」

作家の主人公は、叔母を見舞いに行った際にとある海岸で奇妙な女を見かける。


作家が主役なので実話系怪談のようなリアルな読み心地のある正統派な怪談話です。
とはいえ、幽霊を見かけるまではほんの序盤に過ぎず、その後の後日談の部分がメインになって、やがてやるせない物語が浮かび上がってくるところは切な系ホラーの名手の面目躍如たるところでしょう。
とまぁ、これ単体でも十分にステキな怪談ではあるんですが......。





「磯幽霊・それから」

この後日談が怖すぎてやばい。
磯幽霊の件から数年後を描いたお話なんですが、「磯幽霊」という短編本体からは想像もつかない方向に向かってしまい、全く異質のおぞましい物語が姿を現します。
なんかもう、切ないホラーの名手とか思ってたのにこれほどのヤバい話を書くんだな!?と半分キレそうなくらいのおぞましさ。
一番怖いのは、これだけ怖い心理に共感できる部分もあるところ。そして、ラスト一行もまたなんとなく分かってしまうところ。
この後日談の方こそ、人間の深淵を描いてしまった最悪の傑作です。





「八十八姫」

今はもうない、山奥にある故郷の村。"八十八姫さま"を信仰するその村で過ごした少年の日々に、淡い想いを寄せた"君"のことを描いた泣けるホラー。


うん、さすがに「磯幽霊・その後」のあの最悪の後味で本書が終わるのはまずいということか、最後はまた切なさ全開のお話を持ってきましたね。

山奥の村の恐ろしいしきたりがテーマのお話なんですが、主人公がすでに現代っ子な世代でその蛮習を否定しているっていう、新時代への過渡期のような時期が描かれているのが独特ですね。
その上で、どうすることもできないもどかしさが、初恋特有の苦さと共に胸を締め付けてきやがります。
回想の結末は本当にどうしようもない気持ちになりますね。
しかし、その後の本当に最後の最後のくだりでまた泣かされるからずるいよ。これはずるい......。つい、とあるヒットソングのことも思い出しちゃいますが、まさにあの世界観ですよね。
しかし、この結末を受け入れるということは、(ネタバレ→)いつか、"君"が八十八姫になってから八十八年が過ぎた時に、この山の麓に出来た小都市にどんな災厄が降りかかるかも分からない、という、最悪の未来図もまた頭をかすめるということ。泣けるっていうことの裏に、そういう怖さも隠し持たせる見事としか言えない結末ですね。これまた傑作。
あと、表題作の感想でも書いたけど、しーちゃんとハスミにどことなく通じるものがあって、この話を読み終えた時に表題作のことも思い出し、そこから数珠つなぎに本書の各話の余韻がちょっとずつ蘇ってくるという構成が見事。



という感じで、切なさから怖さまでを縦横無尽に行き来する著者ならではのホラーワールドを堪能できる素晴らしい一冊でした。