偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

エラリー・クイーン『十日間の不思議』感想

「私クイーンってあんま読んでないんですよ〜」って言ったらフォロワーのちくわさんに「とりあえずこれ読みましょ」って渡されたのが本作でした。


名探偵のエラリー・クイーンは友人から自分を見張っていて欲しいという依頼を受ける。彼は最近しばしば記憶喪失の発作に襲われ数時間から数日間、記憶のないまま行動していて、このままでは何か重大なことをしでかしかねないと言う。
そうして友人が父とその若い新妻、叔父と暮らす屋敷へ招かれたクイーンは、盗難や脅迫などの事件に巻き込まれていき......。


ちくわのオススメだけあってめちゃくちゃ面白かったです!

本作はいわゆるクイーン後期の作品で、架空の街「ライツヴィル」を舞台にしたライツヴィルシリーズの3作目の長編に当たります。
クイーンって初期の作品はロジックをこねくり回してばかりでお話としてはあんま面白くない印象があったのですが(ミステリファン失格や......)、この時期の作品は心理ドラマにも力が入っているらしく、特に本作は解決編直前まではメロドラマ+サスペンス的なストーリーが面白く、終盤でいきなりミステリになるという構成になっていて読みやすく面白かったです。もしかしたらクイーン初心者はこの辺の作品から入門してから国名シリーズとか読んだ方がええんちゃうか?という感じで、私のクイーンへの苦手意識も綺麗さっぱりなくなりました!

登場人物一覧を見て「少なっ!」と思ったんですが、メインキャラは記憶障害を抱えるクイーンの友人ハワードを中心に、町の名士であるその父ディードリッチ・ヴァン・ホーンと、父の新妻サリー、父の弟ウルフのほぼ4人だけ。
舞台もほぼヴァン・ホーン邸とライツヴィルの町だけで、かなりミニマムな物語ですが、それが面白いからすごい。追い詰められることでどんどん悪手を選んでしまうハワードの愚かさがスリリングで、それを愚かだと思いながらも情に流されて協力してしまうエラリィの語りも良い(時々太字で皮肉を言うところが良い)。起こっていることはありきたりなメロドラマみたいなものなのに意味深な深刻さが漂っているところが好きです。歪な父と子と妻の三角関係に加えて、彫刻や聖書ばばあといった小道具やライツヴィルという町そのものの箱庭感もその雰囲気に加担していて、異様な感覚が全編に横溢しています。

そして事件編というか、8日目までの時点ですでにそうした異様さがありながら、解決編に向かう9日目以降ではこれまでの出来事の裏に隠れていたものが明らかになってさらに異様さが増すのに凄みがあります。実際のところ昨今のミステリを読み慣れていればまぁ真相はそんなもんだろうなという大まかな予想は付いてしまうものの、エラリーが犯人と対峙する場面の緊張感や、後に「後期クイーン的問題」と呼ばれるエラリーの挫折なども強烈なインパクトを残します。
しかしこんな終わり方でてっきりこれがライツヴィルシリーズの最終作なのかと思いきや、この後にもまだあるらしくてこの後どうなるのか気になりすぎるし、本書に過去作のネタも色々出てきたのでそっちも気になるし、とりあえず国名シリーズ読む前にライツヴィルを攻略していきたいと思います。