偽物の映画館

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西澤保彦『生贄を抱く夜』読書感想文

チョーモンインシリーズ第7作。短編集。


前作『人形幻戯』に引き続きシリーズキャラの出番が少なく、夢幻巡礼や転送密室でシリーズ収束への伏線らしきものを貼りまくっていただけに何の進展もないのは悲しいですね。
今んとこ次作までで停滞してるし、次作でも多分こんな感じなんだろうと、シリーズの行く末についてはまぁ諦めてますが......。

各話の内容に関しても、バリエーション豊かと言えば聞こえはいいものの、もはやこのシリーズじゃなくても良くね?超能力いらなくね?という感じのものも多くて寂しい限り。
前作では動機の意外性がミステリの意外性として演出されていましたが、今回はそっちの方もやや弱く、物足りない面が多かったかな、と。
とはいえ、デフォルメされつつも感情移入してしまう人間心理のドロドロ描写は著者のそういう点でのファンにとってはまぁ面白いから悔しいっすよね。

以下各話感想。





「一本気心中」

自宅マンションのベランダから墜死した男と、部屋で殺されていた友人女性。不倫愛の果ての無理心中に見える状況だが、事件が起きた時間帯に変身能力"Dツール"の使用が確認され......。


さすがにこの設定から最初に思いつくことがそのまま真相ではなかったものの、超能力の使い方としてはむしろそっちのが面白かったのではってくらい、超能力が無意味なんですよね。これなら特殊設定じゃないノンシリーズ短編でやった方が良かったのではと思ってしまうくらい。
逆に超能力以外の部分はなかなか面白くて、伏線が分かりやすすぎるきらいはあるものの、悪い冗談のような真相には笑っちゃいました。





「もつれて消える」

夫の出張に合わせて学生時代から付き合いのある愛人と密会する知映子。だが、愛人は彼女に奇妙な注文をつけて......。


これまた別にこのシリーズじゃなくてもいいんじゃないか......というよりは、うん、むしろ森奈津子シリーズでは......。
主人公の3人の男とのセックスを描いた挙句「男のセックスはつまらん」という毎度毎度の結論になるのはうんざり。
ミステリとしての仕掛けもまた非常に独りよがりなもので、ぶっちゃけそんなことどっちだっていいよ!と言いたくなってしまいます。





「殺し合い」

親戚の結婚式の控え室、父が語る「この世は殺し合いの社会だ」というお決まりの主張。辟易した達郎がふらりとホテルを散策していると、小学生の頃に起きた爆破事故の際に救った同級生に似た少女を見かけ......。


これはぶっ刺さりました。
やはり超能力の扱いがなんかもうあってもなくてもいいようなもので寂しいですが、それは置いといて青春小説として素晴らしい!
まぁ単純に私がこういう拗らせ男子のしんどい青春モノ好きなだけですけど、あの傍点付きの一言からのとんでもないラストは印象的。
また、社会風刺的なテーマとしても面白いですね。今なんかSNSの隆盛でまたこうした感覚は増幅されているような気もしつつ......。





「生贄を抱く夜」

鍵をかけたはずの部屋に米粒が落ちていることが頻発する。同じマンションの薄気味悪い男に不審の目を向ける波子は、憂鬱な気分で腐れ縁のお嬢様の結婚祝いパーティーへ向かう。しかしそこで思わぬ目に遭い......。


本書で最も長い、短編と中編の間くらいのお話。
部屋への侵入者という得体の知れない不気味な存在と、他人の気持ちの分からない天然モノお嬢様という得体が知れてるけど最悪な存在に板挟みにされる主人公が不憫すぎて読むのがしんどいです。
しかも、どんどん酷い事態になってくから、つらくなりつつも一気に読んでしまいます。
ミステリとしての真相はなかなか杜撰なものの、その杜撰さに説得力があるのが面白いです。ここにきて、本書では初めてちゃんと超能力が重要な話ですしね。
そして、西澤さんらしいおぞましさも良い。



「動く刺青」

単身赴任中の問叶は、同じマンションのユキエ(仮)の部屋を念写するのを日々の楽しみとしていた。しかし、ユキエが彼氏のサダオとセックスをしている場面で、サダオの背中の刺青が日によって位置を変えていることに気づき......。


まずは念写という能力のディテールが面白いです。最近ここまで能力の細部の書き込みがなかったので。
そして、いかにも小市民的な覗きという使い方も良いですね。
そして、謎の提示も魅力的。刺青の位置が動くという、さして重大には思えないけれど何か気になる謎。真相はやや偶然の要素が強いようには思いつつも、伏線が綺麗に回収され、適度に脱力できるラストもいい感じ。





「共喰い」

高級料亭で3人の人間が同時に殺害された。1人は出どころのわからない毒物で、1人は心臓を潰され、1人は空気で銃撃されたような状況で......。


これはちょっと全然面白くなかったです。
なんかもう、ネタバレとかってほどの話でもないから言っちゃうと「全部偶然でした」ちゃんちゃん。って、そこに説明を付けるのがミステリ作家の仕事なのでは!?くらいには思ってしまう大駄作です。分かったような動機解説も腹立つ。





「情熱と無駄のあいだ」

香保里はついに計画を実行する。店選びからこだわり、常連になって料理と皿の柄の組み合わせを頭に叩き込み、席取りまで完璧に計算し尽くした。そのはずだったのに......。


もはやミステリじゃなくなっちゃったけど、むしろこれはこれで好きかも。
普段は主に殺人などの重犯罪を扱うミステリだから超能力の使い方も血腥かったりしますが、本作の場合はなんとも小市民的というか、犯罪ではあるけど微笑ましいレベル。
主人公になかなか共感しちゃえたりもするけど、3度目の恋の相手が不憫すぎて感情移入しすぎずに笑い飛ばせちゃうのも良いっすね。
そして、だんだんと狂言回し的になってきた神麻さんが久しぶりに神麻さんらしくはしゃいでいるのを見てそれも微笑ましい。この人たちとグータンヌーボしたくなるだけのお話ですわ。