偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

松崎有理『シュレーディンガーの少女』感想


ディストピア×ガール」を統一テーマとした近未来SF短篇集。
私しょーじき数学とか物理学とかなんとか力学とかがどうこうするSFは苦手なんですが(アホの文系脳なんで)、本書はSF的な設定は「そういうもの」として置かれていて、そのワンアイデアによって現代社会が抱える問題などのテーマをデフォルメして見せている感じですね。
なので、SFつってもファンタジーとか奇妙な物語寄りで、SF慣れしてなくても楽しみやすい一冊となってます。
ただ、その分世界観は結構ゆるめで、「そんなことで世界ひっくり返せるんかい!」みたいな軽さが目立ってしまうのはあったかなぁ。
ただ、3話目まではそんな感じの作風で、4話目は短い箸休め的な話なんだけど、最後の2話はちょっとSF感強まってて、通しで読むとだんだん耐性付くみたいなセトリになってます。
また全編に共通して出てくるものとかもあって同じ世界観を共有していつつ、各話が綺麗に繋がったりとかはしなくて、どちらかと言うと多世界解釈的に各話が別の宇宙で起きていそうな雰囲気もあって面白かったです。

あと、全編通して食べ物の描写が多くてお腹空いちゃいます。
パンケーキやココナツミルク、もちろんダイエットの敵になる高級グルメや秋刀魚など。食がテーマなわけでもない小説でこんだけ食べ物にこだわってるのも珍しい気がして印象的でした。

以下各話感想。



「65歳デス」

サービス残業と休日出勤の多い職場で働き、上司はもっとキツい働き方してるから機嫌悪くパワハラまがいの扱いを受け、子供を作らなければ生産性がないと言われるが作っても育休も取れず共働きしなかんし育休取れたってその間の収入ないのはキツイしで疲弊するか諦めてる現代の若者にとって「年寄りがみんな死んでくれたら少子高齢化が解決するのに!」という発想はまぁ考えてみるくらいはしてしまうものなのかなと思うわけで。
だからこないだも「高齢者を集団自決させよう!」みたいなのが炎上してましたが(当該動画を見てないので何とも言いませんが)、そういうことを考えたこともない人というのも少ないんじゃないかな。

というわけで、本作はそのifもしも人間が65歳で死ぬよう遺伝子操作されたら?の世界を描いた、現代日本の延長線上に大胆な設定を導入した短編です。
主人公は64歳の紫という女性。格闘技に長け、闇医者と占い師の間くらいな感じで死を目前にした老人の不安を和らげる仕事をしていたが、自身にも死が近づき引退を決める。しかし、ひょんなことからスラム育ちの少女に出会い......というお話。
知識・経験・身体能力全て揃いつつ子供もおらずどこか孤独な主人公のハードボイルドな魅力にゾッコンになっちまいました。短編なのがもったいなく、長編か連作にしてほしいと思ってしまいます。
そんで、彼女に拾われる少女もこの先の成長を見たくなってしまうのでやっぱシリーズ化してほしくなっちゃいますが、この歳の離れすぎたバディものってのがまた最高に痺れるんすよね。
第一印象はよくなかった2人がお互いに愛情や敬意を抱くようになり無二のパートナーになるって黄金パターンを老婆と少女という珍しい組み合わせでやっててベタなのに新鮮なのがずるい!
クライマックスもアクション的にも盛り上がりつつドラマとしてもぐっと来て、ハリウッドの娯楽大作みたいな面白さです。
そして、テーマの面でも「継承」を軸に不寛容な社会をそっと諭すような優しさがあり、好きという意味では本書で1番好きな話でした。



「太っていたらだめですか?」

国による健康増進政策の一環として開催されたダイエットコンテスト。優勝者は巨額の賞金を得られる一方、脱落者には死が待ち受けていて......。

この2年で10キロほど太った私も痩せることの難しさを痛感しておりますが、やっぱ実家を出て好き勝手に食いたいもの食える環境にいると自制が効かないもので、毎日おやつ食って毎週ケーキ食って気分で晩飯がマクドになってとかしてたらそりゃ太るわという感じではある。

本作で描かれるのもそんな食の誘惑でして。BMI高めの参加者たちの前にあらゆる手段で食べさせようとする刺客が登場。もちろん食の描写が本書の中でもダントツで、読んでるだけでもお腹空いちゃいます。てか、これ読んで食べたくなるか食欲なくなるかでダイエット耐性が判る気も......。
ダイエット選手権の内容が食べるの我慢大会だけなのは、分量とテーマ的に仕方がないんだけど、もうちょいSASUKEみたいな運動系の試練もあってもいいのではとは思っちゃいました。

あと、結末はフィクションの論理で読んでいたら現実の論理を持ち出されるようなダブスタ感があって、そこはちょっとモヤッとしました。それで解決するなら最初からそうなってないやろ!的な。
まぁでも今のこの国の権威大好きな卑屈な感じ見てるとなくもない気もしちゃうか......。みんな独裁してほしくてしょうがなさそうだし......。




異世界数学」

数学が大嫌いな高校生のエミは、世界から数学が消えてしまえばいいのにと願ってしまう。すると彼女は数学が禁止される異世界へと飛ばされてしまい......。

私も小学校から中学校の頃の算数・数学はむしろ得意な方で上級クラスみたいなのに無理やり入れられてやらされてたんですが(謎の自慢)、高校に入ってシンコスタンとかが出てきた辺りからさっぱりワケワカメになっちまって文系科目だけで受けられる私大に入ったわけなので、主人公には共感しちゃいました。
内容はSFというよりもファンタジー+数学の魅力プレゼンみたいな話だけど面白かったです。
たぶん数学に興味なさすぎて書かれてることが新鮮に感じたんだけど、数学好きな人からしたらむしろ「知ってるよ」的な内容なのかな?とも思うので、刺したい相手(数学嫌い)に刺さってる感じはします。
これも前話の結末と同じで「それで解決するんかい!」てなところはあるけど、ゆるめのキャラものファンタジーとしては面白かったです。



「秋刀魚、苦いかしょっぱいか」

箸休め的な短い話だけど、秋刀魚か絶滅した世界で小学生が自由研究として秋刀魚の味を再現しようとする、という着想はすげえ良いっす。
ただ、こういう話だと、もっとこう、長めの分量で、よく分からんけど味覚の成分の数値だとかそういう細部の作り込みがされていた方が面白いのでは......とは思ってしまいます。
なんというか、これを調べてあれを調べたら出来るんじゃね?という想像通りにとんとん拍子で進んでしまってワンダーが足りないというか......。
まぁいい話だったしめちゃくちゃ秋刀魚食べたくなりましたけど。去年は珍しく秋刀魚安かったから結構食ったんだけど、今後食べられなくなると思うとつらいっすね......。



ペンローズの乙女」

ここまでの短編は一つのテーマと設定から出発してストレートに展開する物語ばかりで、シンプルに面白い一方でSFや小説を読み慣れてるとやや物足りないところもありました(いや、SFはそんな読み慣れてへんけど)。
一方本作は生贄の島での恋物語という主軸に加え、科学コラムみたいな章や、もう一つの視点による章が入ってきて複雑な構成。
また宇宙や時間といったSF要素もかなりどっぷり入ってきて、急にギアチェンジしたように読み応えが増しました。
また、テーマの面でも現代社会に通じるテーマ(ネタバレ→)サステナビリティフェミニズムが設定されていつつ、読み進めないとそれがテーマとは見えないようになっていて、テーマがそのまんまだったここまでの話に比べてやっぱり読み応えがあります。

もちろん、主軸の部分の少年の淡い恋の物語そのものもとても良い。
訪れた異国での美しい少女との一夏限りの邂逅、住む世界が違う彼女とは分かり合えることはない、それでも......みたいな、こう、ロマンチック中毒患者には致死量の青春エモセツナラブストーリーで一遍死にました。
って感じで私みたいなキモいおじさんが喜ぶような美少女とのらぶきゅんをやっといてからああなるのが凄いです。



シュレーディンガーの少女」

ディストピア×ガールの本書を締めくくるため書き下ろされた表題作。
量子自殺という概念を物語に落とし込むことを主軸にしつつ、コロナ禍を思わせるゾンビパンデミックと"哲学的ゾンビ"や、美少女と美少女型ロボットの百合SF(なぜか流行ったやつ)的な味わいもあり、いい意味でごちゃごちゃしたアイデアの詰め合わせっぽいところが楽しいです。
また多世界解釈みたいなのがテーマの本作が最後に置かれることで、本書のこれまでの短編も全て多元宇宙におけるパラレルな出来事だったかのような含みも持たされるのもエモいです。
最終話でこのなんともいえん余韻の残る結末なのも良いっすね。これまでわりと分かりやすい話ばっかだったのに!
著者のこういう暗めの話ももっと読んでみたくなりました。