偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

多島斗志之『海上タクシー〈ガル3号〉備忘録』感想

先日読んだ『二島縁起』のスピンオフ的な短編集。
スピンオフといっても、いくつかの短編は『二島縁起』より前に書かれているようですが、ともあれ再び寺田と弓のコンビに会えて嬉しかったです。


備忘録、というタイトルの通り、各編50ページ程度の短いエピソードが7編納められた一冊となっています。
全体にミステリ要素は薄い......というか、全部一応謎解きが主軸なんだけど、ほとんどが海や船に関する特殊知識にまつわるもので意外性というよりは「へえ〜」という感想にはなってしまいます。
ただ、謎解きによって各話の事件関係者の人生模様がわずかに垣間見られて寺田たちの人生と交差するっていう人間ドラマはさすがなんですよね。各話とも終わり方がかなりあっさりしていて下手に事件のその後とかを説明しすぎないところの渋さも素敵です。
ミステリを期待して読むと肩透かしを食らうかもしれませんが、この淡白さも多島斗志之らしさ。多島斗志之ファンならけっこう楽しめる一冊だと思います。



「N7↑」

ワケ有りそうな母子を乗せたガル3号。
目的地からの帰り道で、子供が落水する事故が起きて......。

ミステリとしてはタイトルそのまんまのお話で、そのタイトルの意味の解説に終始してしまっていて面白みに欠けるきらいはあります。
しかしさりげない描写からさらっとこの母子の人生を読者に想像させるのが上手いですね。また、弓ちゃんのまっすぐな性格の魅力も出ています。



「部屋の瀬戸」

悪天候の中、三方を島に囲われた"部屋の瀬戸"へ向かってほしいという男。その理由とは......?

ホワイダニットみたいな感じではあるものの、この乗客の目的というか事情に関しては出てきた瞬間に察しがついてしまいます。
しかし、それが明かされた後の活劇はなかなかスリリングでした。



「見えないロープ」

1時間40分はかかる航路を1時間で往復する方法はないか?......寺田の元を訪れた刑事はかつての事件のアリバイ崩しの助言を乞い......。

刑事やアリバイが出てきて本書で1番ミステリっぽい話ですが、そのトリックはやはり海の豆知識的なもの(ただしあとがきによると本当に実現可能らしく、そのことには驚きました)。
それよりも、この土地における寺田の立ち位置や、寺田の同業者でアリバイ崩しの容疑者でもある男の人物像が印象的。
また、『二島縁起』の時から嫌なミソジニークソジジイという印象だった師匠への嫌な印象がさらに強まったのと同時に、プロの船乗りとしての生き様の格好良さも見せられてしまいました。当たり前だけど嫌な人間にも敬意を払うべき面があるということを忘れがちなので沁みますね。



「謎々」

とある島の神社に伝わる隠された文化財とその在処を示す謎々。寺田と弓はひょんなことからこの謎々を知って興味を抱き......。

多島斗志之の暗号モノって、暗号自体の面白さとは別になんか謎の良さがあるんですよね。
本作も暗号の内容に関しては多少の知識が必要な上に場所を示すものなのでその場にいないとピンと来なかったりもしてそんなに面白味はないんですが......。
しかし、「戦後の占領期に云々」という隠されている刀剣の由来にリアリティがあってロマン心をくすぐられます。また神主さんと弓ちゃんとのズレも生々しくて面白いですね。弓ちゃん可哀想なんだけど、男としては神主さんの気持ちも分かってしまうのでつらいところ......。よくないですけどね。
暗号の真相はそんなに、とは言ったものの、解いた先にあるあの光景はやっぱりロマンチックで印象的でした。



「マーキング」

寺田が遭遇した危険運転をする船には、浮標灯にぶつかったことを示すインクのマーキングがあって......。

まずは寺田の乗客になる老婦人のキャラがめちゃくちゃ印象的です。他人をみんな部下と思ってるみたいなところにイラッとくるもののどこか憎めないんですよね。
全員がそんな彼女に引き摺り回されるような形になりながら、危険運転の船を追っていくアクションもあるので結構わちゃわちゃした話ではありつつ、しんみりした感じも挟みつつ、最後はなかなか爽快な結末で良かったです。



「コウゾウ磯」

寺田は座礁した船を助ける。運転していた男は運転の腕も確かそうだが、天候も場所も座礁するような状況ではなく......。

これもアクション全振りみたいな話っすね。
本書の収録作の中ではもちろん1番だし、長編『二島縁起』にも劣らないくらいのスリリングな船チェイス🚢⛴
絶体絶命の状況からどう逆転するのか......?という点でややミステリ要素がありつつ、ただただアクションとしてハラハラさせられ、そこに2人の男の人生模様が交錯するドラマ要素もあり、個人的には本書でもイチオシの短編です。



「灘」

失踪人を探すため寺田の船に乗った探偵。しかし、目当ての人物は見つからず。一方、弓は寺田にある決断を告げ......。

寺田&弓コンビの最期の事件。
もはやほとんどミステリ要素はないんだけど、強いて言えばクライマックスで「いかにして速く走るか?」という「見えないロープ」の変奏のようなことをやっていて、その"トリック"そのものがシリーズの大団円に相応しいものになっているあたりの演出がニクいです。
シリーズを2冊通して読んできてこの2人にはかなり愛着を抱いてしまったので別れるのがつらいです。でもいつもの調子を崩さない淡々とした終わり方なので、ベタな言い方で恥ずかしいですが物語は終わっても彼らの人生は続いていくんだと、しんみりの中にもほっこりした気持ちで読み終えることができました。