偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

伊藤計劃『ハーモニー』感想

たった2年間の活動期間でSF界にその名を刻み込んだ伊藤計劃の2作目の長編。
昔読んだことはあるんだけど、先日読んだ『なめらかな世界と、その敵』の中で本作(を含むいくつものSF作品たち)が「聖書」として登場したのをきっかけにふと読み返したくなって読みました。



21世紀後半。半世紀ほど前の〈大災禍〉で核兵器に汚染された世界は、優しさや思いやりを大切にし、体内に埋め込まれた"WatchMe"による繊細な健康管理がなされる社会として復興していった。
そんな見せかけのユートピアに抗うため、ミァハ、トァン、キアンの3人の少女は餓死することを選ぶ。
13年後、死ねなかったトァンは世界に迫る危機にあの時ただ1人死を遂げたミァハが関わっていることを感じ......。


以前読んだ時は正直難しくて枠組みの仕掛けとかこの世界が行き着く結末の途方もなさを楽しむくらいで全然ちゃんと味わいきれていなかった気がしますが、10年ぶりくらいに読み返したら私の理解力も少しはマシになっててより楽しめた気がします。

とりあえず今(2024)から半世紀近く未来の「生府」による超健康社会という名の管理社会という世界設定がめっちゃ魅力的。
そこでは人間は社会を構成するリソースとして自身の健康を保つことが義務となり、あらゆる病気は駆逐されて、優しさや思いやりに満ちた平和な日常が続いています。
正直、世知辛い現代社会に生きる身としてはこの世界が羨ましく感じてしまう面も多々ありますが、とはいえ私のように学校でも友達作れなかったような人に合わせるのが苦手な人間としてはこの調和(ハーモニー)を重んじる世界は「優しい地獄」だよなぁと思います。
主人公のトァンとカリスマ的な魅力を持つ親友のミァハにとってもそれは同じで、彼女らが大人たちには気付かれないように小規模に世界への反旗を翻していく(様が回想として語られる)序盤の、静かに爆発の準備をしている感じからしてめちゃ面白く、そこからの第1章のラストで現在に起こる大事件が鮮烈に突きつけられるところで、ぐぐっと引き込まれてしまいますよね。

現在のトァンはWHOの監察官としての地位を悪用して酒やタバコをやることであの頃の自分と生きながらえた自分に折り合いをつけようとする擦れた大人になっちゃってて、その感じもちょうど彼女と同年代になった今の私にはなんか刺さるんだよなぁ。昔読んだ時は「大人だぁ......」としか思わなかったんだけど......。
そんなトァンによる同時多発自殺事件の調査を主軸に、この一見ユートピアのような世界の綻びが少しずつ見えくるのもスリリングだし、今(2024)との違いのディテールの部分とかも絶妙にありそうな感じで良いっすね。

そして終盤、「意識」というものについての話になってくるあたりからは、SFが苦手な私でもSFのワンダーってのはこういうことなのかしら、と思うような知的興奮全開でバチクソ面白かったし、物語全体の仕掛け的なものもミステリファンとしても楽しめて、衝撃的な世界の行く末の風景と共に強烈に印象に残りました。
この結末も正直私の気持ちの何割かは羨ましく感じてしまうんだけど、それでもそれを上回って悍ましく感じられているのが救いな気がするな。

でも前読んだ時はそんなハマってなくて今回再読するまでほとんど忘れてたので、昔あんまハマらんかった作品こそ再読してみるもんかもしれんなと思った。とりあえず虐殺器官ももう一度読んでみたいし、屍者の帝国は未読なのでいずれ読まねばだょ。