偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

戸田誠二『説得ゲーム』感想

現在と地続きの世界でありつつ脳みそだけで生きられる装置やタイムマシンなどが発明されている近未来(?)の日本を舞台に描くヒューマンSF短編集。

ヒューマンSFってなんぞや、と思いながら読んだけど、読んでみたらまぁ確かにヒューマンSF。
SFとしての設定はあくまでヒューマンドラマを生み出す装置に過ぎず、設定はあまり深掘りされることなく泣ける人間ドラマが描かれていきます。
その人間ドラマ部分は素晴らしいんだけど、個人的にはもうちょい設定からなんかしら意外性というかワンダーみたいなものが欲しくなってはしまう......。この作品に「SFとしてどうこう〜」と言うのは野暮だし、そんなこと言えるほどSF読んでもいないんだけど、そんでもちょっと設定に既視感がありすぎる上にドラマにしか寄与しないのが気になってしまったの巻。


「キオリ」
自殺した女性の脳だけを培養液に浸して生きながらえさせる話。
脳の持ち主の女性"キオリ"の背景がそんなに詳しく描き込まれずに研究者側の視点から話が進んでいく距離感がちょうどいい。
本作の刊行時と比べても現在では一日中スマホいじってて、それこそ脳さえあれば十分みたいな世の中になりつつある中で読むとまた味わい深い。動く身体があることのありがたみを感じて散歩でもしたくなる作品。


「タイムマシン」
タイムマシンが出てくるのにタイムパラドックスも時系列操作もない、どシンプルなショートショート
タイムマシンものなのにこの真っ直ぐさが逆に意外でよかったです。見せ場の見せ方がベタではあるけど上手い......。


「NOBODY」
身体が動かなくなる奇病にかかった青年が脳死状態の青年の身体に脳だけを移植する話。
スポーツで鍛えた元の自分の身体とひ弱な貰い物の身体とのギャップに悩み本当の自分を見失っていく過程がつらすぎる。
一方でそんな彼に接する周囲の人々の苦しみもリアルに描かれていて、とにかく読んでてしんどいお話。
......なんですが、最後にあまりにも力強い希望を見せてくれるところは泣くしかねえ。


「説得ゲーム」
ゲーム開発者の主人公が偶然見つけた試作品ソフト「説得ゲーム」。自殺しようとする女性を説得するゲームだが、そのクオリティに反して製作者の正体は謎に包まれていて......というお話。
ゲームそのものをクリアする話ではなく製作者を探す人探しミステリーみたいな話なんだけど、その中でゲームの内容と現実とがリンクしていく構成が素晴らしい。製作者さんいい歳してちょっと厨二病を拗らせすぎではという感がありつつ、実際に私もあの歳になったら孤独に苛まれて厨二病再発しそうな気もする(というか今も罹患中か?)しこわい。しかしあまりにも不器用な恋の物語としても読めて、ところどころで青春ものっぽい読み心地さえあり、色んな味が楽しめる作品でした。


クバード・シンドローム
男の妊娠を描いたお話。
妊娠出産を経験することで男らしさの呪縛からの解放を描くというテーマは今読むと陳腐に感じてしまいますが当時はなかなか斬新だったのではないかと思う。
しかしいまだに男が悪い女が悪いという不毛な議論をしている輩も多いのでそういう点では今読まれるべき作品かもしれん。
個人的には子供作れ圧にやや引いてしまった(責任感のない人間なので)。