偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

関心領域(2023)


美しい自然に満ちた土地、大きな屋敷といくつもの花が咲きプールもある広い庭。ルドルフ・ヘスとその一家は誰もが憧れるような豊かで満ち足りた暮らしを送っていた。......彼自身が所長を務める、アウシュビッツ収容所の隣で......。

最初に映画館で予告編を観た時にビビッときて、これは絶対観に行きたいわと思ったんですが、どうやらそれはみんなも同じことらしく公開前から思ったよりも話題になり、ミニシアターでしかやらないかと思ったら近所のシネコンでも普通にやってたのでありがたやと思いながらレイトショーで観てきました。
本作がこれだけ話題になるのも、いま世界で繰り広げられている戦争や虐殺に対して、(現状は)平和な日本に暮らしているとそれだけで後ろめたさを感じてしまう......という人が私以外にもいっぱいいるからなんでしょう。

さて、そんなわけで本作ですが、こう言うと語弊があるかもしれんが、面白かったです。

言い方悪いけど、題材をアウシュビッツに取ればそんだけで他の題材と比較しても簡単にシリアスさが出せるので、スリリングな方に持っていくにしろ人間ドラマで泣かせるにしろ観客を引き込みやすい題材だとは思います。しかし本作ではあえて収容所の内部そのものは全く映さないという選択をしているのが凄え。その発想はなかった......と思うのとともに、今現在起きていることを考えればもはやナチスが悪でユダヤ人が善人みたいな単純な構図の物語は作れないのかもしれません......。

ともあれ、この「収容所の隣」という設定さえなければ、仕事熱心な夫と理想の生活に執着する妻のすれ違いを描いた退屈なホームドラマでしかなく、展開の面白さもキャラクターの魅力もクライマックスのカタルシスも何にもない映画なんですよね。
ただただ、その設定があるだけで、平凡な彼らの暮らしそのものが悍ましいものに変わる......。
しかも、作中では「これは何々です」みたいな説明も一切ないので、極論アウシュビッツのことを知らない人が観たら何も分からないだろう映画。しかし、少しでも知っていると「これってもしかして......」という悪い想像があちこちで掻き立てられて、それが淡々と映されることが非常にスリリングになって目が離せなくなるわけです。かく言う私も詳しいことは何も知らなかったので「なんか分からないけどこれはヤバいものだよね......」くらいの曖昧な想像で観たので、不勉強を恥じつつも、しかしヤバそうなのにはっきり分かんない感覚もそれはそれで恐ろしかったですね......。

また、ストーリーにはある種の退屈さがあるわけですが、映像と音がそれを補っていてぐいぐい引き込まれます。
ほぼ固定カメラで動く時は横スクロールのみ、しかも人物に寄ることがなく常に盗撮のように見える客観的なカメラワークがカッコよくて、ちょいちょいシンメトリックな画面になるのもオシャレ。特にやっぱヘス所長邸の庭が素敵で、庭が映る場面は全部キマってた。全体には無機質な質感の映像の中で中盤一度だけ庭の花がアップで映される場面があってあそこの無機質感と植物の生々しさのギャップがなんか不穏だし気持ち悪くて最高だった。
仕事終わりにレイトショーで観に行ったのもあってぶっちゃけ寝るかと思ったしこの題材の映画で寝ちゃったら嫌だなぁ......とも思ったけど、音が怖すぎてとても寝てられなかったわ......。
ドラマ性を排しているとは書いたけど、もちろん所長と妻のリアルな存在感は圧倒的で、人間を描いていないわけでは全然ないです。

また、途中で差し挟まれるサーモグラフィで撮ったという少女のシークエンスが、全体には生々しいリアリティを追求した本作の中のほんの少し映画的ファンタジックなパートになっていて、ここで小さいけど確かな希望を描くことでこれが映画である意義も感じさせてくれるのがとても良かった。

そして、歴史を知ることの意味を考えさせられるラストシーンにも驚きました。とある行為をする人たちが延々と映されるんですが、その行為自体は実務的なものではありつつもそこにある意味が込められているようにも見えて、嫌な後味を残して終わります......(あとエンドロールの音もとても不快で恐ろしかった......)。
そんな感じで音と映像の演出によって見せる映画なので、できるなら映画館で観ることをお勧めしたい(しかし音が本当に怖いのでパニックとかの方は気を付けていただきたい)作品でした。