偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

映画検閲(2021)


1980年代、サッチャー政権下で貧富の格差が拡大し犯罪率が増加したイギリス。イーニッドはVHSの普及で流行した暴力的・性的な場面のあるホラービデオの検閲を仕事にしていた。ある日検閲していた作品で幼い頃に行方不明になった妹の面影のある女優が、妹がいなくなったのと似たシチュエーションを演じていて......。

気になっていた本作、近場の映画館での上映最終日に滑り込みで観に行ってきました。
たまたま最近VHSを押入れから引っ張り出してきて『キラーデンティスト』や『死神ジョーズ』を観たので、VHSビデオというのが個人的にタイムリーなモチーフでした。

さて、本作ですが、過激なホラー映画の検閲官が主人公という、ありそうでなかった(知る限りでは)設定が新鮮。スプラッターホラーを題材にしつつ本作自体はサイコスリラーみたいな味わいで、わりと静かでシリアスな話なので家で見てたらちょっと眠くなりそうだけど映画館で観たらぐぐっと引き込まれてしまってとても面白かったです!

なんといってもニアフ・アルガーさん演じる主人公イーニッドが良い!
説明的な心理描写が少ないので、彼女がどういう動機で映画検閲の仕事をしてるのかとかも全然分からないんですけど、そういう分からなさも含めてそこにいる実在感が凄かったです。淡々と与えられた仕事をこなすような姿と、妹に関することでは動揺し感情的になるギャップとかも序盤から丁寧に描かれていくからこそ、終盤で狂気に寄っていくところも唐突さを感じさせません。
全編に渡ってイーニッド視点で検閲官としての日常と妹探しが描かれていくという割と地味な展開が続きますが、それでも緊張感を持って観られたのは彼女の魅力による部分も大きいでしょう。

ストーリーの展開自体はイーニッドが行方不明になった妹を探すというシンプルなものなんですが、そこに込められた含意が色々ありそうでかつ複雑な語られ方がしているので、私も正直全然よく分かってないんですけど面白かったです。
例えば「スラッシャー映画が犯罪増加に加担している」みたいな言説に対して、表面上はスラッシャー映画を見すぎてる検閲官が狂っていくという展開で肯定しているようにも見えますが、その実それは個人が元から持っているものや社会情勢によるものに過ぎず、そこから目を逸らすためにスラッシャー映画を槍玉に挙げているのではないか、という批判になっています。
しかし、返す刀でスラッシャー映画が持つ「男性の眼差し」的な側面への痛烈な批判も込められてもいます。終盤に入っていくくらいで起こるある出来事がそれを特に象徴していますが、それだけでなく序盤から「閉塞」が強調されていることもそこに繋がってると思います。例えば主人公の職場は(どういう構造かはっきりとは覚えてないけど)地下なのか窓がほとんどなくて常に薄暗かったし、地下鉄や地下道のシーンも頻出します。そうしたイーニッドを取り巻く閉塞が、(多くの場合)女が視姦されて殺されるスラッシャー映画というものを表しているように感じました。

そして、そんなこんながありつつも終盤には派手な残酷シーンがあったり、シャレの効いた終わり方なんかも皮肉が効いてて良いですね。
という感じで、本作自体がスラッシャーなわけではなく、ホラーとかスラッシャーというジャンルへの批評的な側面の強い作品だったので好みは分かれそうですが、そうしたジャンルへの興味があればなかなか面白く観られるんじゃないかなぁと思います。