偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

小野美由紀『ピュア』感想

なんかTwitterで話題になってたので買ってみました。

セックス/ジェンダーの両方の意味での「性」に焦点を当てた6編収録のSF短編集。
SFとは言っても近年主流の数学とか物理学とかAIがどうたら脳がどうたらみたいなやたら小難しくてリアリティのあるような作風ではなく(すみません、そういうSF苦手で......)設定はわりとざっくりしててその分とっつきやすく、私みたいなガッツリSF苦手マンにも読みやすい1冊です。

設定や世界観はテーマを語るためにあえて単純化されているようなところがあり、そのためにめちゃくちゃ読みやすくすらすら入っては来るのですが、その分「多様な性のあり方」すらも単純化されてしまっているきらいもあり、ジェンダーSF風でありつつ非常にシンプルな男女二元論の枠組みに留まってしまっているのはちょっとどうかと思いました。

ただそれはそれとして、お話としては各話ともめちゃくちゃ面白かった。
設定の過激さに驚きつつ、その中でも各話の主人公とも身近な人への愛を中心に動いているのはなんかすげー普通でもあり、意外と共感しながら読める感じの作品集でしたね。あとちょくちょく著者の嗜好がモロに出てるとしか思えない特殊なエログロ描写とかもあってそういうとこも楽しめました!

以下各話感想。




「ピュア」
遠い未来、進化した女たちは月に1度男を犯し喰らうことで子を孕むようになる。しかし、そのことに違和感を抱く少女ユミはある日獲物であるはずのエイジという男に恋をしてしまい......。

女が出産、政治、戦争を担い男は労働者兼子種を作る機械となった現実の極端なデフォルメ的な世界観のお話。
女が肉体的にも強くなって男を喰うあたりはミラーリングのようでもありつつ、結局女があれもこれもこなすことを求められるのは現実のようでもあり、男女の相互理解の断絶(なんせ本作では文字通り「住む星が違う」!)も「男はクソ」だの「フェミがどうこう」だの言い合ってるSNSのデフォルメみたいでなかなかヒリヒリしますね。
そんな強烈なメッセージ性を内包しつつ、エロいシーンのエロさとかオタクが大好きな感じのラストシーンとかは単に趣味全開で描いてるようにしか見えず、そういう両極端な感じが独特の魅力になってる作品だと思います。





「バースデー」
染色体を書き換えて完全な性転換手術が可能になった世界。 ひかりの17歳の夏休みが明けると、幼少期からずっと一緒だった幼馴染が男になっていて......。

トランスジェンダーの少年が文字通り肉体をトランスさせるお話なんですが、この辺が手術で簡単に完全に男の体になれます、という設定なのがちょっと安易に感じてしまいます。そのせいで本人の葛藤とかはあんま描かれず、代わりに彼の親友の少女ひかりの視点から女友達が突然男になる体験として語られるのですが、それも最終的に身も蓋もない言い方をすれば「身体が男だから男として受け入れる」みたいな流れになっちゃってるのがなんともモヤモヤします。
一方で親友との関係性の変化に戸惑う少女を描いた青春小説として「エモい」お話ではあるので評価が難しいところで、テーマに対する浅さはありつつ、個人的嗜好としてはかなり好きなお話ではあるんですよね......困っちゃうわ。




「To the Moon」
同窓会に出席した望は、学生時代の親友で"月人"になって月へ帰っていた朔希と再会し......。

17歳になると月へ帰ってしまうというかぐや姫的な設定の短めの短編。
月人という、なんかブロブみたいなイメージの不定形な元人間が月に帰ってからもちょいちょい帰省するみたいに地球に来るという設定がなんかおもろい。
とはいえ地球に来られるのは100年に一度とかで、親友に会えるのもこれが最後......という設定がまたエモくて、淡々としつつも抑えた感情がじわじわと滲んでくるような読み心地はかなり好きです。そしてそれが炸裂するラストシーンも最高でした......。幻想的かつエモーショナルなのが良い......。




「幻胎」
数百万年前から冷凍保存されていた現生人類とは別種の人類の精子が発見された。ゼスは天才科学者である父の研究のため、精子を受精させるための卵子を提供するが......。

これまでの話はSF的な設定をそういうものとして受け入れている一般人視点のお話でしたが、これは科学者の側から描かれていて、頭悪い感想ですみませんけどこれぞSFっぽいなぁという感じ。
とはいえ本作も設定の科学的な根拠をこねくり回すタイプじゃなく、そこから炙り出される父と娘の関係性が主眼の物語。
こんな極端じゃないけど子供の頃は親というのは絶対的な存在で親から自分の好きなものを否定されたりすると凹んだよなぁみたいな自分の親子関係のちょっとした歪みも思い出しつつ、結末はかなりエグくてちょっとしたどころじゃない歪みよう。エグすぎてこれはもう著者の趣味なんだろうなぁ、とちょっと引いた()。
また、新たな人類を培養していることが世間にバレてからのSNSを中心とした世論の形成っぷりもTwitterに親しんでいる身からするとリアルで良かった。





「エイジ」
エイジがまだユミと出会う前、文学の面白さを教えてくれた芹沢という男と過ごした日々の物語......。

次の話は文庫化に当たって追加されたものらしく、単行本では本作がトリを飾る短編。
そのためか冒頭の「ピュア」のサイドストーリーのような内容で、ユミと出会う前のエイジが主人公。
一貫して女を描いてきた本書ですが、ここにきて男の生きづらさにフォーカスした作品が入ることで男女の対立ではなく相互理解が大事だという著者のメッセージが分かりやすく伝わってくるのが素敵。悲しい話だし「ピュア」を読んだからより悲しいけど、そんでも希望も感じさせる結末が良い。
ただ「ピュア」と世界観が同じなのであまり目新しい視点はない気も。せっかく男主人公なのでもうちょい男社会の細かい描写とかが欲しかった気はしちゃいますね。





「身体を売ること」
娼婦をして金を貯めたニナは、金属製の義体を買って自身の肉体を金持ちに売ってしまう。それからしばらくして、彼女は町を走る富裕層の車の中に売却したかつての自分の肉体を持つ少女を見つけ......。

文庫版で追加された最終話。
機械の肉体である"義体"を手に入れるお話でそれだけ聞くとめっちゃええやんと思っちゃうけど実際には義体のローンを払うために結局馬車馬の如く働かされて最終的には魂の寿命を迎えるか安物の義体が壊れるかしておしまいという世知辛さに泣く......。
一方で町の中心には人口の10%ほどの人数で富の80%ほどを独占する富裕層が暮らしているという超格差社会を描くディストピアSFっす。
この「超」格差社会ってのはまぁデフォルメなんだけど、現実のこの国も既になかなかの格差社会だったりするので、この話が本書でも最もリアルな肌感覚で読めました。
かつて自分の体だった肉体に住む金持ちの娘に仕えることになるというエグい設定なんだけど2人の交流には隠し事はあれど血の通ったもので良い百合SF。そしてアレが伏線として活きてくるラストの絶望と痛快の共存に震える。
ボーナストラックみたいなものではありつつも個人的には本書で1番好きな一編でした。