偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

伊井圭『啄木鳥探偵處』感想

上京してきた石川啄木を探偵役、親友の金田一京助を助手役にした明治後期が舞台の連作短編集。
隠れた良作というイメージでしたがアニメ化されていたと知って驚いています。というか、著者は亡くなっているし一部のミステリファンが知ってるくらいの本作を何でアニメ化することになったのかがめちゃ気になるのだが。



つーわけで、石川啄木が主人公の5話のミステリ短編集です。

ミステリとしては伏線の使い方が上手く、真相もそれなりに意外性があるものではありますが、全体に短編のわりにやや詰め込みすぎて話が煩雑になっているきらいはあり、結果的にどこか印象が薄くなってしまっている気がします。

ただそれはそれとして本作の大きな魅力は明治後期の浅草という舞台設定とキャラクター、人間ドラマの部分にあります。
例えば第1話の舞台となるのは浅草十二階(凌雲閣)という、東京タワーが出来る半世紀前においては日本最高の高塔。他にも人形や奇術、娼窟などの明治の風俗がモチーフに使われていて、それらのある種異様なまでの存在感が物語に現実から少しだけ離れた異界感とノスタルジーを与えています。そしてそれが探偵小説としてのワクワクと悲しい余韻の両方を強めている。そして、各話とも凄惨な事件が描かれながら犯人にも多分に同情すべきところがあり、そんな犯人たちの肖像が事件の真相以上に胸に残る作品集となっています。
まぁ、要は謎解き云々よりもとにかくめちゃくちゃ雰囲気が良いミステリなのであります。
また本書は著者のデビュー作ですが、当時すでに著者は50近い年齢だったようで、そのせいもあってか落ち着きがあって上品な文章の味わい深さも雰囲気の良さに貢献してます。
また、啄木の人を食ったような傍若無人さと繊細で病弱なところが共存したキャラの魅力と、それに振り回されながらも彼の才能への尊敬をもって嫌々(と言いつつ楽しそうに)助手を務めるボンクラの金田一京助のバディが最高。彼らのやり取りはずっと読んでいたくなるし、特に本書の後半に向かうにつれてだんだんブロマンスというのかBLというのかみたいな関係性が描かれていってきゅんきゅんしてしまいます。
そんな感じで、味わい深い小説でありつつ、キャラ萌え的な楽しみ方もできる1冊でした。



「高塔奇譚」
ぼんやりとした事件の輪郭が、一点の意外な繋がりをもとにはっきりしていく解決が綺麗。ただ金田一くんの推理があまりにもボンクラで、読者としては「この期に及んでそんなアホなこと言っとんのか」とちょっとイラッとしてしまいます。
当然そうなるとは思っていたもののやはりラストシーンは印象的。また、関東大震災の折には取り壊されたという浅草十二階を舞台にすることで、明治という時代の終わりに加えて間接的に主人公石川啄木の死、金田一と彼との別れをも仄めかしているようで第1話として完璧。


「忍冬」
人形の首が人間を噛み殺す......という猟奇的な事件から、物悲しくやるせない結末へのギャップが堪らない。ちょっと登場人物が多くて煩雑な気はします。


鳥人
本書で最長の短編であり、当時のとある事件が絡むことで、これまでの話にもあった弱く小さな市井の人間への愛情に加え、それを踏み付ける大きなものへの反抗も強く感じさせる話になっていて素晴らしかったです。
ミステリとしてはまぁメインの仕掛けに関してはめちゃくちゃ分かりやすいので金田一くん以外は全員分かってたと思うけど、やはりそこから浮かび上がってくる犯人の姿が強烈に印象的で、本書の中でも特に忘れ難い余韻を残します。


「逢魔が刻」
本書最長の次は最短でやや箸休め的な感じのあるお話。
誘拐事件+暗号という発端から金田一くんが活躍する活劇を挟んでの解決までテンポよく進む軽快なお話。ではありますが誘拐を扱っているので重みもあり、真相は分かりやすいものの、(ネタバレ→)父親は同じだし女の趣味ってのがあるから母親も似てるという、無理やりみたいだけど妙に納得させられてしまう説明が上手いです。


「魔窟の女」
最終話は前話までの10数年後のモノローグからはじまって第1話よりも前の啄木が探偵稼業をはじめるきっかけ(かも?)になった事件を描いた、最終話らしくもあるけど番外編的でもあるお話。
いわば過去編的な話のため事件自体はめちゃシンプルでまぁおおよそは想像通りの真相でしたが、金田一君と啄木の2人自身の事件という趣もあるのでシリーズの最終話としてとても良かったです。
また、ゲスト探偵役のあの人の登場も印象的だし嬉しい!
最終話として本書を締めつつもどこかファンサ的な感じもあるお話で、本書全体の余韻が暗くなりすぎなかったのが良かった。