偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

キース・トーマス『ダリア・ミッチェル博士の発見と異変』感想


装丁があまりにも素敵すぎて、本屋さんで目が合ってとりあえず買ってしまった本。


2023年、マリア・ミッチェル博士によって発見されたパルスコード。
地球が命的生命体から送られたと思われるそれは、やがて人々の脳を作り替え、「上昇」者を生み出し、彼らはやがて消失していった......。
人類史を変えたあの出来事から5年。
著者のキース・トーマスが、ダリア・ミッチェル博士の手記や前大統領、研究チームの面々などのインタビューや記録をまとめ、「上昇」とは何だったのかを探っていくノンフィクション大作。

......という体裁で描かれる、凝った趣向のファーストコンタクトもののモキュメンタリーSFです。

お話の筋自体はシンプルだしありがちとも言えるもので、宇宙からの謎電波で人類大パニック!みたいな感じではあるんです。
でも、その設定が昔のSF映画に出てくるようなタコ型とかグレイ型のエイリアンとかじゃなくてパルスによるものってのが今風なリアリティ。
そしてもちろん、それをモキュメンタリー形式で描くことで、さらにリアリティを増しています。
本書が本国で発表されたのはコロナ禍の少し前の2019年なので、「世界的な大災禍」という設定は偶然のシンクロなんですけど、今このコロナ禍の真っ只中にいる我々が読むとより一層ヒリヒリとしたリアリティを味わえるかもしれません
また、「人類がかつて体験した出来事についてのドキュメンタリー」なので、作中で起こった現象について読者も当然知っているという体で描かれていき、その説明不足さが逆に読み進めるに従って徐々に何が起こったのか分かっていくホワットダニット・ミステリのような興趣も添えています。
また、膨大な脚注や、架空の参考文献・先行研究など細かなネタの数々は書いてて楽しかっただろうなとほっこりしちゃいますし、こういうギミック好きなんですよね。

ひとつ難点......ではないのですが、ドキュメンタリーという体なのでエンタメ的な分かりやすい盛り上がりやストーリー性に乏しく、ハリウッド的娯楽作品に慣れた身には若干のとっつきづらさがあったのは事実。
登場人物たちはみな「キャラクター」ではなく「関係者」だし、ド派手なアクションや個々の人間ドラマよりも記録としての面が大きいので中盤ややダレてしまったのもあります。
それでも、抑えた筆致の中にそれぞれの人物の信念やドラマが見え隠れするところも多々あり、特にタイトルになっているダリア・ミッチェルについては本人の手記が挿入されるためかなりドラマチックな部分があり、淡々とした中に抑えめにそれが入ってるからこその強烈な切なさを残したりします。

実を言うと科学的な考察も政治的な議論もちょっと苦手で若干流し読みになったところもありますが、普段読まない変わった本をジャケ買いで読めてなかなか新鮮な読書体験でした。
周りで読んでる人いないけど、SF苦手な私でも面白かったのでSF好きの方にはぜひお勧めしたいところ。