偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』感想


こないだ映画版を観たんだけど原作と結構違うっぽかったので原作も読んでみました。



3年前に結婚し、去年娘を出産したキム・ジヨン氏は、ある日突然母親や先輩などの知人が乗り移ったような喋り方をするようになり......。


というわけで、映画化もされて日本でも話題になった韓国発のフェミニズム小説です。

タイトルの『82年生まれ、キム・ジヨン』というのは、実際に韓国の1982年生まれの女性で一番多かった名前が「キム・ジヨン」だったそうです。
物語の主人公のような特別な能力なり体験なりがない、平凡な女性がそれでも女性に生まれただけで晒される差別や偏見を列挙していくようなスタイル。

ジヨン氏自身の経験と、彼女の母親や先輩社員など世代が上の女性たちの経験とが織り交ぜられて描かれており、昔は「女より男の方が偉い」という「女性蔑視」、最近は「女は男より得している」という「女性嫌悪」と、同じ性差別でもベクトルが違うのがややこしくて......。
私は女性蔑視的なことを言ったことはないと思うんですけど、女性嫌悪はバリバリだったので耳が痛い部分もあり......。
ただ日本のミソジニストに女性特権を挙げさせると「奢ってもらえる」とか「主婦になれる」とか「体を売れば生きていける」とかいう馬鹿かってものばっかなんだけど、韓国の場合「徴兵されない」という女性の特権は確かにあるので余計にややこしい感じですね。
ただ、男特有のつらさってのももちろんあるんだけど、基本的にはそれは女のせいじゃなくて男社会のせいなので女に八つ当たりするより建設的なことをしたいなぁと自戒を込めて思いました。
淡々と嫌なエピソードが描かれていくだけの話なんだけど、そのエピソードがいちいちリアルでどこかで聞いたことがある(そして自分は体験せずに済んでいる)ことなので、市井の女性たちへのインタビューをまとめたノンフィクションのような読み心地もあります。

ただ、物語としては、憑依の設定が思ったほど活きてこなかったり、上記の通りちょっとエピソードを羅列したまとめっぽく見えてしまう点はあり、変わった設定を持ち出すならもうちょっと活きてきた方が......とは思ってしまいます。
この憑依の設定、主人公が自分の声を失った......とも読めるし、これまでの女たちの上げられなかった声を請け負って戦っているようにも読めて、良いと思うんですよね。だからこそ、ちょっと使い方が半端な感じがしてしまいます。
最後の最後の終わり方はよかったです。いかにも「オチ」という感じのオチで奇妙な味っぽい雰囲気がありつつ、男性読者としてはダメ押しされているような感じもあってヒリヒリしました。