偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

村田沙耶香『生命式』感想

村田沙耶香の2009年から2018年までに発表された12の短編を収めた自選短編集。
自選......といっても要は単行本未収録作品集みたいなものだと思います。だからといってクオリティが落ちることはないどころか、ここに著者のエッセンスが全て詰まっていそうなくらいの(全部読んでるわけじゃないから言い切れないけど)傑作短編集となっています。

葬式で遺体を食べる話や人間の遺体から家具などを作る話など、や、都会で失われる肉体性を過剰に取り戻そうとするように「性」や「食」を見つめる作品などが中心に収録されています。

冒頭の「生命式」「素敵な素材」は、死後の人間を食べる/道具に加工するという、一見受け入れ難い設定から「普通」や「常識」を問う著者の十八番みたいな作品。エゲツない設定に笑いながら読んでいるうちに気付けば自分の「正常」をぶっ壊されるような危ない快感があります。

「素晴らしい食卓」も「普通」を問う物語ですが、こちらはコメディ色がかなり強く、ゲラゲラ笑いながらただ馬鹿話としても読めてしまいチョー面白かったです。

「夏の夜の口付け」「二人家族」
の2編は、菊枝と芳子という2人の正反対の女性のシスターフッドもの。恐らく掌編の前者が短編の後者のプロトタイプなんだろうと思いますが、両作で微妙に2人の設定が異なるのがパラレルワールドのようで面白い。恋人というわけでもない女性2人で、子供の頃の「お互い結婚できなかったら同棲しよう」みたいな口約束を守って家族になるのが美しく優しく、家族の在り方を問いつつも普通に良い話になってます。

「大きな星の時間」「ポチ」は箸休め的な掌編。SFファンタジーみたいな世界観でどうしようもない孤独を描く前者と、女の子が裏山でオッサンを飼う後者で振れ幅が凄いけどどちらも印象的でした。

「魔法のからだ」「かぜのこいびと」は子供の性を丁寧に描くことで大人から与えられる型にハマった「エロ」や「下ネタ」ではない個別的なセックスのあり方を模索する話で、特に前者は小学校で性教育の一環として使ってほしいくらいでした。

「パズル」「街を食べる」は都会の中で機械的に生きる主人公たちが肉体性を取り戻していくみたいなお話。前者では自身の肉体や感情の生々しさを感じられないために絶対怒らないめっちゃ良い人と思われている主人公が「良い人」の部分を伸ばしすぎて「生物都市」みたいになる様はもはやSF。正常な感覚で読めば気持ち悪いんだけど本書をここまで読んできた読者にはどこか甘美さや安心を感じてもしまいます。
後者は岡本信人さんみたいに野草を食う話で、最初の野草チャレンジのみじめさと、その後どんどんハマってエスカレートしていく様の勢いが凄くて優しすぎる(?)結末もとても良かった。怖いなぁ。

最後の「孵化」は、「アイデンティティ」とは何かという問いを相手によって態度を変えすぎて多重人格みたいになった女性を主人公に据えてコミカルに描き出していきます。考えさせられる部分もありつつ3話目みたいにただの馬鹿話としても読めて、こんな異様な短編集だったけどこれが最後にあることで読後感は爽やか(いや、爽やかってこともないけど......)だったのが好きです。

そんな感じで、著者のエグい部分からギャグ的に面白い部分までを横断できる、私みたいな村田沙耶香初心者にはもってこいの一冊でした。