アラサーおひとりさま女子のゆるい日常と恋(?)を綴った、映画化もされた長編。
もうすぐ33歳になる黒田みつ子。1人で過ごす時間が好きで、脳内に住む「A」と軽口や悩み相談をして、それで満足なはずだったんだけど......。
『勝手にふるえてろ』に連なる感じの作品ですが、あっちは妄想で恋しまくってたのに対してこっちは恋愛ってしなきゃいけないんだろうかみたいな話です。
冒頭、みつ子が1人で食品サンプル作りに行く場面からしてなんか面白いです。
食品サンプル作り体験というのが絶妙に1人で行かないけど1人で行っても楽しそうでしかも友達少なそうなチョイスで最高ですよね。これが例えば登山でも寺巡りでも美術館でもピアノ教室でも違うニュアンスが出ちゃって、「サンプル作り」がドンピシャな感じが凄い。
1人で海老天を作る姿を「何の話なんだろう」と思いながら読まされるこの不思議な導入が良いんすよね。
そして、明かされる「A」という脳内同居人の存在にますますどういう話なんだろう?と。しかし、彼の友達でも恋人でもなく、言うなれば相談役とか案内人みたいな立ち位置がすごく良いですね。単純に羨ましい。私もこういう助けてくれる脳内お姉さんが欲しい。
それにしても本作の劇的なことの起こらないっぷりは相当で、なんせ1番のクライマックス(?)が主人公が飛行機に乗って大瀧詠一を聴きながら恐ろしさに震えるシーンですからね(違)。
でもあの飛行機のシーン(とディズニーの乗り物に乗れないってとこ)私も高所恐怖症なのでめっちゃわかりみがありました。それにしてもこの描写を読むと私はやはりせっかくの文明の利器を利用せずに海外に出ることのない生涯を送る気がしてしまいます。
そんな劇的じゃない日常の中でも、そうやって怖い思いして海外の友達に会いに行く場面だったり、商店街でコロッケを買ってる知り合いに出会って不思議な関係になったり1人であちこち遊びに行ったりする日常に心地よい生活感があって最高でした。
そんなゆるさの中でも最後にはいちおうひと盛り上がりあるんだけど、そこもさらっとしてて読後感は穏やかなのが素敵です。
綿矢作品のヒリヒリするところも魅力ですが、こういう全然ヒリヒリしない優しいお話もやっぱり良いっすね。こんだけの話をこんだけ面白く読ませるのは天才でしかないよ。