偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

綿矢りさ『生のみ生のままで』感想



長年付き合っている恋人の颯との結婚を意識し始めた逢衣。しかしある夏に颯と出かけたリゾート地で、颯の幼馴染の琢磨と、その彼女の彩夏と出会う。
東京に帰ってからも彩夏と友達付き合いをしていた逢衣だが、ある日彩夏にキスをされ、「最初から好きだった」と告白される。


あの日あの時あの場所で君に会えなかったら
僕等はいつまでも見知らぬ2人のまま


綿矢さんの長編『ひらいて』では女子2人と男子1人の複雑な三角関係が描かれ、その中で女性同士の性愛の関係も描かれましたが、本書はそれをさらに掘り下げて女性同士の恋愛だけで500ページほどの分量を描き切った力作です。

主人公の逢衣は、普通の家庭で育てられ、彼氏との結婚を考えながらケータイショップに勤める普通の20代女子。一方、彩夏は獰猛な美しさを放ち、モデルとして芸能活動をしていてやがて映画とかにも出て時の人になっていく華やかな存在で、複雑な内面の持ち主。
そんな対象的な2人の押したり引いたりの恋のシーソーゲームがもう、きゅんきゅトキメキ止まんねえんすわ。

この2人、元々はそれぞれ男性と付き合っていて、今まで女に惹かれたことなんかなかったのに、お互いを運命的に恋してしまうわけで。実際の同性愛をリアルに描くというよりは、どこかファンタジーっぽいというか、異性愛者が同性に惹かれたらどうなるのか?という思考実験みたいな感じもあります。要するに百合ですね。
個人的にはBLは苦手だけど百合は干し芋くらいには好き(わざわざ買ってこないけど家にあったら食べるし美味しい)なので、うへへ、ぐへへ、とにやにやしながら読みました。
2人とも同性に恋するのは初めてで、自分の気持ちも、お互いの関係性も、(彩夏は有名人なので)世間への対応も全てを探り探りしながら付き合っていく。2人は恋人同士でありながら、親友でもあり、ライバルでもあり共犯者でもあり、異性には見えない部分まで鏡写しのように見えてしまう間柄でもあり......。その独自の関係性の模索過程が、共感も驚異も含んだ繊細な心理描写と、笑えるところもありめちゃシリアスなところもある緩急ついた展開で丹念に描かれていき、情熱も絶望も不安も安心も、恋の全てが詰まってて常にエモいです。
特に、上下巻のちょうど間くらいのところでとある事情により2人は引き離されて一気に長い年月が経過するんですが、その空白の後の絶望的なすれ違いと、それでも変わらず彼女だけを想い続ける気持ちに、つらい描写ではありつつそこまで恋が出来ることへの羨ましさを1番強烈に感じましたね。
全てのエピソードが、2人の全ての言葉が、自分のことのように感じられるくらいのめり込ませてくれて、自分も20代から34歳への長く本気の恋をしたような多幸感に満たされながら読了しました。

私は男なのでどうしても元カレ軍団の方にもかなり共感してしまい、彼らの時を経ての変化にもぐっと来てしまいました。
あと、後半の方で綿矢りさをもじった変な女性作家が出てきて笑いました。常にユーモアが漂う綿矢作品ですが、こういう遊び方は珍しい気がして印象的です。