偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

泡坂妻夫『ダイヤル7を回すとき』感想

この度創元推理文庫より「生誕90周年記念」の第一弾として復刊されたのでせっかくだし再読しました。


初めて読んだのはたぶん大学の時で、泡坂妻夫の代表的な作品はある程度読み終わって隠れた名作的なポジションの作品を漁っていた頃だったと思います。
代表作はもちろん、このくらいのマイナーなノンシリーズ短編集でもこんなに面白いのかととにかく驚いた憶えがあります。

収録作は表題に引っ掛けてるのか7編。
ざっくり言うと前半はミステリの奇術師・泡坂妻夫を堪能できる鮮やかな本格ミステリが、後ろの方に行くと奇妙な論理やちょっと人情モノっぽい話も入ってきて、泡坂妻夫の幅広い魅力が味わえる作品集となっています。なので、「隠れた名作」と書いたけど泡坂初心者の方にも著者のことを知ってもらうきっかけとしては最適な一冊だと思います。

みなみに創元社からの今後の復刊は『折鶴』『陰桔梗』というセレクトで、没後の復刊祭りでもミステリ寄りの作品ばかり復刊されていたのでこういう渋い人情モノも復刊してくれるのはめちゃくちゃ嬉しいです。私もこれを機にどんどん再読していきたいっすね。

では以下各話感想。



「ダイヤル7」

講演会のような形で刑事がかつて解決した事件を「犯人当てクイズ」として聴衆に出題するという形式で、本作自体も懸賞付き犯人当てとして雑誌に掲載された作品です。

お話の中身としては二つのヤクザの組が鎬を削る町で片方の頭が殺されるというもの。タイトル通りダイヤル電話がキーだったりその他いくつかの手がかりを論理的に組み合わせていけば犯人が指摘できる綺麗な犯人当て。
でありつつ、そこは泡坂妻夫のことで、こうした作品においてもやはり奇術のように鮮やかな驚きがあります。今回は再読でなんとなく覚えていたので解けましたが、初読時には全く歯が立たず地団駄踏んだ覚えがあります。しかし発表時にも結構正解者がいたらしいので本格推理の鬼たちはすげえや。



芍薬に孔雀」

稀覯トランプの持ち主が殺された。死体には首の刺創の他両手両足など体中にトランプのカードが配置されていて......。

事件の容疑者が刑事の取り調べに答えるという形で語られるお話。
まず主人公の老人のユーモラスな語り口そのものが魅力的で、取り調べというシチュエーションとのギャップに笑ってしまいます。
ミステリとしては死体の装飾の意味が主眼となり、真相こそシンプルすぎる気もするものの、全てを伏線として回収する推理の過程が鮮やか。
なんというか、他の作家ならここまでやるとご都合主義に感じてしまいそうですが、泡坂作品だとそれも繊細に組み上げられた職人芸と思わせてくれるから好きです。



「飛んでくる声」

団地の向かいの部屋のベランダの声がなんらかの物理的作用でこっちのベランダに聞こえてくる......という発端から、向かいのえっちな奥さんの声を聞くのが趣味になった主人公。しかしある日、奥さんが何者かに突き落とされるのを目撃してしまい......というお話。

『裏窓』を思わせる設定が魅力的。ダメな学生の主人公と親友のキャラも良いっすね。
真相自体は分かりやすいものの、泡坂さんらしい独特の伏線の張り方と、探偵役が真相に気付くきっかけの部分が鮮やかで好き。
(ネタバレ→)発端の向かいの部屋の声を聴くところから、親友の逮捕、やるせないラスト1行まで、主人公の石浜が徹底して傍観者の立場にあることが何とも言えない余韻を残します。



「可愛い動機」

かつて夫殺しの容疑で捕まったことのある女性にまつわるお話。
本書で1番短い短編ですが、主人公の男が語る話が何のことなのかなかなか見えてこないというホワットダニット的な捻りの効いた作品。
終盤まで全然本題が見えてこないし、最後の最後までずっと頭ん中ハテナマークなのが、ラストに至ってようやく「そういう話なのか」と唸らされる気持ちよさが凄い。
悲しいようでもあり脱力系でもあり......と、最後まで読み終わってもどこかはぐらかさらたような掴みどころのなさがある奇妙な作品。インパクトと偏愛度では本書でも随一です。



「金津の切符」

主人公が切符のコレクターになるまでの道のりと、コレクションを巡って起こしてしまった殺人を描く倒叙ミステリ。
コレクターというテーマは凝り性の泡坂さんらしい気もするし、探偵小説ではお馴染みのテーマでもあります。主人公の蒐集哲学と待ち受ける受難には共感し同情してしまうので、被害者に関してはざまーみろという感じですね......。
ミステリとしては、犯行が露見する決め手が実に鮮やかで驚きと納得を同時に味わわせてもらえます(そんなことするかなぁ?とも思わなくもないが)。
たったあれだけの小さなアイデアをこれだけ効果的に魅せるところに奇術師泡坂妻夫の面目が躍如してますね。



「広重好み」

初恋の相手は「広重(ひろえ)」くんで、安藤広重のファンだったりと、名前に「広重」の字が入る男ばかりを好きになる女性にまつわるお話。本書では唯一殺人事件の起こらない日常の謎みたいな話です。
著者らしい真相は著者らしすぎてかなり見えやすくはなってしまっていますが、この真相によってほぼほぼ明るい物語でありつつ一滴だけ毒気が垂らされるような余韻が残るのが良い。



「青泉さん」

小さな町の常連客しかいない喫茶店に最近来るようになった青泉さん。画家らしいがその腕前はどうなのか?と常連たちが噂する中、殺人事件が起こり......。

最後のこれはまた掴みどころのない話ですね。
日常の謎みたいな雰囲気かと思ったら殺人が起き、じゃあフーダニットかと思ったらどうもそういうわけでもなく......。その捉え所のなさ自体が青泉さんというキャラクターを体現しているようです。
悲しくも後ろ向きではない結末が本書の締めに相応しい余韻を残します。