偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

十市社『ゴースト≠ノイズ(リダクション)』感想

2013年に電子書籍としてKindleでセルフパブリッシュされた作品が東京創元社の編集者の目に止まり、翌年に単行本として出版されるという異色の経緯を持つデビュー作です。



小さな失敗からクラスの「幽霊」になった高校一年生の架。文化祭が近づいたある日、前の席に座る少女・高町に声をかけられる。自分のことが「見える」彼女に徐々に友情を感じる架だったが、校内では不気味な動物虐待殺害事件が続いていて......。


出た時から奇妙なタイトルが印象的で覚えていたのですが、当時はそんなに絶賛する意見も見かけず、あらすじも自分に刺さり過ぎて(当時は大学生だけどリアタイでゼミの幽霊だったので......)つらそうだから、ちょっと気になりつつも読んでなかったんですよね。
でも読んでみたらやっぱ完全に好みにぶっ刺さって最高でした。学校というものから距離が出来たからこそってのもあると思うけど。
今年読んだ本の中でもトップクラスですね。

とりあえず、架の一人称の語り口が良いんですよね。うじうじしつつも幽霊らしい淡々とした諦めのようなものもわずかに感じさせ、比喩表現が無駄に多いのもなんか面白いです。
前述の通り個人的に高校から大学までの7年間を通じてクラス(学部)に友達がいたことがないので、放課後だけ高町とちょっと喋れるのを楽しみにする哀れな架ちゃんにかなりシンパシーを感じてしまって引き込まれましたね。

そして、ヒロイン役の高町のキャラもめちゃ良い。こんな子いたら好きになるに決まってるぜという感じで。
遠慮ない物言いだけど何か隠した事情がありそうな感じ。生きることに真摯でありながらどこか厭世的な感じ。こういう、自分には想像もつかないような世界を見ていそうな女の子がいるとすぐ好きになっちゃいます私は。安直!
まぁ、俺のタイプとかは置いといても魅力的なキャラクターであることには変わりなく、彼女に対する架のトキメキ混じりだけど恋とまではいかない切ない好意に「そうそうそうこれが青春ミステリだぜオラァァァ!!」となんか凄くテンション上がってしまいました(ミステリ関係ないし......)。

んで、ミステリとしては、特に前半はなんとも掴みどころのない感じですね。
とある「アレ」は少なくともミステリ慣れした読者なら気になってしまうだろうし、本筋っぽく見える動物殺害事件も本筋にしては地味だし、高町の秘密めいたところも気になるしと、色々と謎めいていつつもどこが本筋か分からない感じ......。
そして、言ってしまえば最後まで読んでもこれらの謎が「すべてが、伏線」みたいな繋がり方をするわけではなく、それぞれがそれぞれバラバラに明かされていくというイメージ。
そんでも終盤のとある部分ではめちゃくちゃ驚いたので意外性の面でも満足だし、こういう風に全てが繋がらないまま一人一人がバラバラの世界に生きているってのが学校という場所を描いたミステリとしてリアルだし誠実なんじゃないかな、とも思います。

そして、物語が進んでいくにつれだんだん深刻さや不穏さを増していき、クライマックスにおいていよいよ全てが明かされることで今まで読んできた物語の意味が少し変わって見える、これぞ良い青春ミステリの醍醐味っつーもんでしょ。
(ネタバレ→)実子の妹が生まれたことで養子の高町が邪魔になった→健康な養子の高町に比べてデキソコナイの香帆が邪魔になった、というあまりに残酷な心理の反転は連城三紀彦の短編の傑作群を髣髴とさせるところがあり、髣髴元の作家が大好きなのもあってより刺さりました。

そしてクライマックスの後でももちろん生き残った人たちの人生は続いていく......。その余韻を十分味わわせてくれつつクドくなる前にさらっと終わるラストも最高っすね。
もちろん重くて苦しくて辛い話でもあるけど、主人公たちの真摯な生き様のおかげで読後感は爽やかさすら感じさせるもので、一読忘れがたい余韻を残します。

といった感じで、ミステリとしても青春小説としてもシンプルに好みドンピシャを突かれたので、安易に年間ベスト級と言ってしまいます。
同じ著者の『滑らかな虹』も読み始めたので、こっちがベストになるかもしれんけど、どっちかな気がする。