偽物の映画館

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伊坂幸太郎『ホワイトラビット』感想

仙台市内で起こった人質立てこもり事件とその周辺のあれこれを描いた書き下ろし長編。

ホワイトラビット(新潮文庫)

ホワイトラビット(新潮文庫)


タイトルを何となく似た響きにかけてるのか知りませんが、いわゆる"ホワットダニット"もの。
「人質立てこもり事件」が起きたこと自体は分かっているものの、時系列などが微妙に操作されていることでその全貌がなかなか見えてこない......というタイプのミステリなんですね。

そして面白いのが地の文を物語る「語り部」的存在がいること。
伊坂幸太郎の作品ってのは良くも悪くもご都合主義とか言われがちだけど、言われがちだからなのか本作では語り部が出てきて堂々と「話を面白くするために時系列をいじくりますよ(意訳)」みたいなことを宣うので、もはや安心して騙されにいくことが出来るんですね。
そんな語り部による語りのフィルターを通しているからか、まるで「伊坂幸太郎らしさ」のパロディのように、いつも以上に過剰に寓話的で現実から遊離した印象を受けます。
本書全体のモチーフが「星座」というのもあって、登場人物たちが星々で、誰が主役ということもなくその間にいろいろな線を引きながら星座を眺めるように読めるのが心地いいです。

しかしその中でも一等星の輝きを放つ夏ノ目さんの存在は忘れ難く、シリーズとは言わぬまでももう一度彼の活躍を読みたいと思わされます。
もちろん、レギュラーの黒澤の魅力はいつも通り、いやいつにも増して爆発してます。

そんな風に、読み心地としてはさらっとしていながらも伊坂幸太郎らしさが詰まったエンタメなのですが、ミステリとしてはかなり連城三紀彦の影響を感じる......というか、描かれた時期的に連城への追悼とかオマージュとか伊坂さんなりの継承のような趣もあり、にわか連城ファンとしては感動しちゃいました。

そんな感じで、味わいはあっさりながらも久しぶりに自分が熱狂してた頃の伊坂幸太郎の愉しさを思い出して懐かしい感慨に浸ったりもできたし面白かったです。