偽物の映画館

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法月綸太郎『パズル崩壊』読書感想文


法月探偵が出てこない初の短編というのを含む、全8編のノンシリーズ(?)短編集です。

一応、1〜3話目と4、5話はそれぞれ同じキャラクターが登場したりと、全話がまるまる関係ない話ってわけでもないんですけどね。
葛城警部が登場する最初の3話は非常にオーソドックスで切れ味の鋭いパズラーなのですが、それ以降になると雲行きが怪しくなり、明確な解決を拒む作品や、そもそもミステリーじゃない作品まで収録されていて、前半はパズルだったのがだんだん崩壊してくみたいか短編集です。
ただ、崩壊した作品(?)もそれはそれで面白く、著者の色んな面や悩める作家たる所以を垣間見ることのできる一冊でした。

以下各話の感想を。


「重ねて二つ」

ホテルの一室で発見されたのは、切断された女の上半身と男の下半身を繋ぎ合わせた異形の屍体。容疑者は部屋で昏倒していた女の夫の映画監督。しかし、張り込みをしていた週刊誌記者は、部屋から屍体のもう半分ずつが搬出された様子はなかったと語り......。


島田荘司によるアンソロジー『奇想の風景』に所収された一編。
アンソロジーのテーマに相応しい、見世物小屋みたいな出来損ないのアンドロギュノスの屍体という"奇想の風景"にまずは心惹かれます。
ただ、雰囲気としてはおどろおどろしさは一切なく、この強烈な奇想の風景すら冷笑するような渇いた文体がこれまた素敵。
正直なところ、謎の不可能性が高すぎて逆にトリックは見えやすくなっているきらいはありますが、それでもパズルの解答としてはとても美しいトリックだと思います。
しかし、最後に葛城警部が言い放つセリフが本格ミステリというもの自体への自己批判のようで妙に印象に残ります。





「懐中電灯」

窃盗常習犯の片桐は、横領をした信金職員と手を組んでATMを襲撃する。その後、共犯者を始末した片桐だったが、現場には懐中電灯の単一電池が置き忘れられていた。
あれから1年......。


密室の次は倒叙モノ。
前半は主人公が重犯罪に手を染めていく様が描かれます。共犯者が馬鹿なせいもあって、主人公はそこそこクレバーに見えるし彼の犯罪に瑕疵はほとんど見当たりません......。
しかし、タイトルで「懐中電灯」と明記されているので、一点だけ気にかかる点があり、しかしそれがどう繋がるか分からないまま後半へ。
そして、後半ではあの人は今みたいな感じで大金を手にした主人公が破滅するまでの無常を描いていてこれも面白いです。前半の引っ掛かりが因果応報の運命のように回収され、渇いたラストの一言が倒叙ものらしい余韻を残します。





「黒のマリア」

深夜の警視庁に訪れた黒い服の女は、先日の美術商の事務所で起きた殺人事件について話があると葛城警部に切り出した。
その事件とは、3つの密室で2人の男が殺され、1人の女が監禁されるという異様なもので......。


ローカルなテレビ局で綾辻有栖川法月三氏が原作を書き下ろしたミステリードラマ、みたいな企画があったらしく(気になる)、その原作をノベライズしたのが本作です。
そのドラマとどの程度同じでどの程度違うのかは知りませんが、たしかに映像でも面白そうな作品だと思います。
夜中に訪れた女ってのがもう完全に怪談で、不穏なんだけど、どこか場違いな感じのユーモラスさもありつつで話は進んでいきます。
事件の内容自体も三つの密室というミステリ心を唆るもの。トリックは派手ではないもののバカミスっぽくて好きです。
そして、ラストがまたなんともオシャレよね。しかし法月作品っぽくない気がしたし映像映えしそうだと思ったら、これはノベライズでの変更点らしくて驚きました。ドラマならでは!と思ったのに......。





トランスミッション

作家の主人公の元へかかってきた、誘拐犯からの間違い電話。とっさに誘拐された子供の父親のふりをしてしまった彼は、そのまま誘拐犯を装って本物の子供の家に電話をするという中継役をすることになってしまい......。


さて、こっから崩壊し始めますよ......。
もう、これ、ほんとに、何だったんだろう......。でも嫌いになれない不思議な魅力がある気がしなくもない。
冒頭の、主人公がやらかすところなんかは笑っちゃうし、サブカルの教養をひけらかす感じもにやにやしちゃいますね。
からの、どんどん話が動いていく展開もいいんだけど......なんでラストそうなんねん!?みたいな。でも何だったのか分かんないけど、なんかイイハナシダナーという感じはあるのが笑っちゃいますよね。うん、イイハナシダナー以外の感想を持つことが不能であります。





「シャドウ・プレイ」

作家の友人からかかってきた、主人公への夜中の迷惑電話。友人はドッペルゲンガーが題材の新作のアイデアを語り出し......。


前話の主人公が鬱陶しい友人役として再登場し、タイトルもまたジョイ・ディヴィジョンから取ってる、この短編自体も前話のドッペルゲンガーみたいな作品なのかもしれません。
とはいえ前話の解決をここでするとかはもちろんなくて、話自体はそれぞれ単体で読めるものです。

で、これはまぁ「アリバイ」がテーマのアンソロジーに書いた作品らしいんですけど、真っ当なアリバイものではなく......。
アリバイものの短編を書こうとして、その内容について主人公に電話してきた友人、という設定から始まる、ミステリ作家の舞台裏みたいなお話(?)。
法月流のしょうもないジョークを交えながらの電話での掛け合いがとにかく面白いです。作中現実と作中作の話がごっちゃになるあたりなんか、らしいですよね。
で、作中作自体はなかなかしみじみとした余韻が残りそうな話に仕上がるのですが、その外側を見ているだけにその余韻に苦笑してしまうという独特の読後感がまた素敵。
ミステリとしてのネタはあってないようなものですが、ミステリ作家コメディとして楽しめるお話でした。





ロス・マクドナルドは黄色い部屋の夢を見るか?」

私立探偵のリュウ・アーチャーは、行方不明になったアリスという少女を捜索する依頼を受け、麻薬中毒のSF作家フィリップ・デッカードの家を訪れるが......。


ロスマク、リュウ・アーチャー、名前だけはなんとか聞いたことがあります。P・K・ディックはまさに本作のタイトルの元ネタである『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』だけは読んだことがあり、『ブレードランナー』も見たことはありますが......。
しかし、そんなレベルなので元ネタが分からないのが惜しいところ。これ、オチのアレを元から知ってたらさぞかし大爆笑なんでしょうね......。ロスマクvsディックというのにもいまいち胸キュンできなかったし......。

とはいえ、元ネタ知らなくても楽しめる作品ではありました。
いかにも海外のバードボイルドものの翻訳みたいな文体(といっても海外もの読まないからイメージですが)がおしゃれ。
ラリパッパの巣窟の描写も『トレインスポッティング』とかの雰囲気があって良いですね。
事件の真相にしても、現実的な部分はいかにも海外ミステリにありそうなドロドロしたお話で好みでした。

で、最後のアレですよね。
バカミス、と呼んでも良いような気はしますが、いわゆる大胆なトリックで驚かせてくれるタイプのバカミスではなく、もうちょい観念的な"バカ"でありまして、そこにはどこか哲学的なニュアンスさえ感じられます。
著者はあとがきで「ふざけて書いたわけじゃない」みたいなことを言ってますが、確かに、バカなネタではありながら読んだ時には妙に納得しちゃうというか、探偵という存在、ひいては人間存在をミステリの文脈で鋭く抉った文学作品としてすぅ〜っと入ってくるんですね。
いや、冷静に考えたらあの光景はバカそのものですがw
てな具合に、まあぁ〜〜これもふつうのミステリとしては崩壊している作品ながら、ハードボイルドな文体で本格っぽい事件が起こったと思えば純文学になるという見所の多い傑作でした。





「カット・アウト」


日本の前衛美術の一時代を築いた桐生と篠田という2人の画家。しかし、桐生は過去のとある事件をきっかけに海外へ姿を消した。
そして15年。篠田の元へ、桐生の訃報が届き......。


本書中でも一番長く、ボーナストラックを除けばトリを飾る短編。
前衛美術に関する論文のようでいて、青春と恋愛の文学でもあり、ミステリ的な意外性もあって、なおかつ(ネタバレ→)原爆の被害を描いてもいる、非常に濃度の高い作品です。
美術に関してはズブズブの無知なので何も語れることはありませんが、ドラマ性としては、法月作品の中でも、『頼子』『一の悲劇』『再び赤い悪夢』あたりの暗澹としたエモさが好きな人には堪らない作品だと思います。
アーティストらしく激しい若かりし頃の青春模様と、それを引きずりながらもそこから遠ざかってしまった今の自分......という対比が青春ゾンビおじさん見習いとしては刺さりました。
そして、ラストはあれはずるい。盛りだくさんな要素が全てあそこに収束する様は、ミステリとしても小説としても綺麗で、本書のトリを飾るに相応しい傑作です。

パズル(オーソドックスな本格ミステリ)としてはだんだん崩壊していきながらも、お話としてはだんだん面白くなっていく良い短編集でした。





「......GALLONS OF RUBBING ALCOHOL FLOW THROUGH THE STRIP」

バーで時間を潰していた綸太郎は酷く酔っ払った男に出会い......。


ボーナストラックであり、唯一、法月綸太郎探偵が登場するお話。
書かれることがなかった長編の冒頭部分らしくて、これだけでは話は全く完結していないんですが、まぁ短いから「こんな書きかけ載せやがって!」と怒るほどのこともなく読めちゃいました。
編集者にダメ出しされたキャラクターの法月綸太郎がバーで凹むというところが、そのまま著者の方の法月綸太郎の悩みを投影しているようで。
そして、そのダメ出しの内容が、(あとがきにもあるように)法月綸太郎というキャラクターの登場しない初の短編集である本書の成立経緯にもなっているというところで、まさに"ボーナストラック"という呼び方がぴったり。
著者がクリスマスか何かに麻耶雄嵩のところに「死にたい」って電話してきた話とか思い出してしんみりしましたよ......。元気になってくれてよかった......。

ちなみにこの綸太郎が出会う男の名前、めちゃくちゃ既視感あるというか、いかにも小説に出てきそうな名前ですよね。