偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

小川勝己『狗』感想

カツミンこと小川勝己による、ミステリ要素は薄めの"悪女"にまつわる短編集。



全5編の収録作のうち、4話目まではかなり短めの短編で、最後の5話目が全体の半分とまでは言わないけどそれに近い分量の中編になっています。
どの話もざっくり言うと女が男を破滅させるという内容ながら、それぞれタイプの違う美女が登場してゾクゾクさせられます。
苛立ちや憤りがやがて彼岸の陶酔に変わる、いつもの小川勝己を×5で楽しめる良い本でした。
以下各話の感想。





「蝋燭遊戯」

のっけから最悪な女が出てきて早くも苛々の頂点に。タイトルから戦前の変格っぽいSMモノかと思ったらそっちの蝋燭かい!という意外性が良いっすね。
オチは作者らしいといえばめちゃくちゃらしいんだけど、短い中でいきなりのアレだからちょっと笑ってしまいました。





「老人と膿」

老人と海にひっかけたふざけたタイトル、これを思いついちゃったんだろうなという、ほぼ確実にタイトル先行で書かれてそうな掌編。
本書で唯一の女性視点のお話。主人公も頭おかしいけど破滅させる相手もゴミなので半分だけ感情移入して読めました。
特にどうってこともなく淡々と進んで淡々と終わりますが、その淡々とこなしていく感じがむしろ怖かったですね。





「You裡」

最初の2編はまだ序の口とばかりにここでグッとヤバい女が登場。
真骨頂のキャバクラの話で、ファンにはお馴染みのあのお店が舞台なんだけどこの店マジでヤバいやつしかいねえのか。
主人公はあくまでもキャバクラになんかハマらねえぞっていうスタンスなのに、ハマってないのに無理やり引き摺り込まれてしまう感じが嫌な感じで良い感じ。
主人公の家庭事情の方もかなり嫌〜な感じで、当時流行りだったのか?キラキラネームをぶっ込んでくるとことか面白いっすね。
じわじわとイライラを募らせていって、それが飽和すると反転して謎の爽快感のようなものが現れてしまう幕引きが小川勝己らしくて最高でした。





「代償」

めちゃくちゃ好きですよこういうの......。
生徒に手を出さないだけ偉いけど、生徒の母親と不倫する男性教師が主人公。
主人公が欲望をぶつける2人の女がそれぞれ魅力的。片や彼の性欲に塗れた視線を気持ち悪がり、片や分かりやすくて好きと言う。言ってることは反対だけど見透かされている点では同じで。男ってのはやっぱり見透かしてくる女にエロさを感じてしまうものなのかしらね......具体的な性描写は少ないけどすげえエロかったです。
不倫の関係が行き着くところまで行き着くあたりまでは最高だったんですが、結末は微妙かな。これはこれでリアリティではあると思うんだけど、特に意外性もなく身も蓋もない感じでちょっと興醒め。





「夢の報酬」

全体の半分近くを占める最終話。
定職に就かない主人公が、ヒモだったり会社員をしながらだったりのメンバーたちとバンドをやる話。
彼らのバンドの成り立ち自体が友達同士とかではなくはぐれ者の集団であって、スタジオで集まる時とかもメンバー同士に一定の緊張感や気まずさがあるのが良いです。それでも、ただ音楽をやるためだけに集まってるって感じが。
全編に渡ってかなり音楽用語というかロック用語とかが多くて私みたいなにわか音楽好きには難しかったですが、何言ってるのか分からないながらに音楽の話が出てくるだけでやっぱ楽しくはなってしまいますよね。
文章で読んでる分にはこの主人公たちのバンドめちゃくちゃ良さそうで普通に聴いてみたくなりました。
んで、ヒモやってるヴォーカルの彼女を好きになっちゃうっていうベタにしてエモい流れも最高。ノーフューチャー感はありつつも、これまでになく爽やかな青春小説としても読める作品になってます。

とはいえ小川勝己がただの爽やかな青春小説で終わることはなく、終盤で急展開していきなりミステリっぽさを出してきます。
イデアそのものもだけど、最後で急にミステリになるところがなんだか泡坂妻夫のわりと後期の人情モノ短編っぽくて好きです。
ただ、これも過程が良すぎて最後にサスペンスになることでエモさが蒸発しちゃってる感じはしないでもないですね。