偽物の映画館

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小川勝己『ぼくらはみんな閉じている』感想


小川勝己の第一短編集。


小川勝己の短編読むのは初めてでしたが、長編と同じくセックスドラッグバイオレンスエモーションな感じでありつつ、シチュエーションとかはバラエティに富んでいて、1話1話楽しんで読むことが出来ました。

ミステリ的な要素はほぼなくって、オチが全体にちょっと弱い気はしますが、この人の文章を読んでるだけで恍惚としてしまう私のようなファンには至福の一冊です。

各話独立した短編ですか、表題の「ぼくらはみんな閉じている」が本書全体に通底するテーマのようにもなっていて、まとまりのある短編集でした。

また、各話の扉絵も良かったです。サブカル系騙し絵、みたいな感じで。

以下各話感想。





「点滴」

1話目から、病院という閉じた空間と父親によって閉ざされた主人公の人生が重なる、閉塞感たっぷりで陰鬱なお話です。

小川勝己の最大の持ち味である鬱屈とか鬱憤というものがじわじわと描かれ、ムカつくんだけど引き込まれます。怒りというのはエンターテイメントなんだと、この人の本を読んでると思いますね。
痛快でありつつ絶望的な結末はまさに小川印。1話目からなんとも言えぬ余韻に浸ります。




「スマイル・フォー・ミー」

バンドをやりたかったのにヤクザになってしまった男と、その兄貴分と、1人の女のお話。

1行目から人生のやるせなさを剥き身で突きつけてきて嫌な気持ちになります。
パワハラだのなんだのという今の世の中にあって、あのクライマックスはなかなか胸のすくものではありますが、そのあともうどうしようもないってのは前話と同じく。
そんでも、こっちのが残酷ながら美しく、まだしも救いがある気がします。エモい。





「陽炎」

中年に差し掛かった主人公が中学生の少年とのセックスに溺れていくお話。

死を描いた前の2話から一転して性について。
まずは冒頭の映像的に映える出会いのシーンが美しいですね。陽炎の中に立つ美少年の図には、男に興味ない私でもハッとさせられました。
夫へのフラストレーション、少年への欲情、若さへの羨望と嫉妬......そうした負の感情が渦巻き渦巻いた末の、静かな余韻の残る結末が堪らんです。涅槃。





「ぼくらはみんな閉じている」

目が覚めると監禁されていた主人公は、恋人に関する身に覚えのない恨み言を聞かされて......。

出オチといえばあまりにも出オチな冒頭一文のテンションに笑いますが、どうしてそうなった!?と作者を問い詰めたくなるくらいシリアスな話に展開していくギャップが面白いです。
この短編のみならず、著者の根本的な創作のテーマそのものを端的に説明するような一片であり、表題作になるのも納得ですが、同時にあまりに説明的すぎる気もしてしまいます。
しかし某文豪の超有名短編を現代人の心の闇()バージョンにアプデするというアイデアは凄い。
直接的には登場しない本作の"ヒロイン"が、しかし小川勝己が描くヒロイン像を代表している気もしますね。





「視線の快楽」

うだつの上がらない売れない作家の主人公は、ある日妻の浮気現場に遭遇するが......。

これはオーソドックスに面白い......といってもエロ要素濃いめなんですけど、話の筋はシンプルで分かりやすく面白いですね。
インパクトのある発端から、(一応)まともだった主人公のヤバみがどんどんエスカレートしていき、やりすぎなラストシーンには笑っちゃいました。
設定としては「陽炎」のアザーサイドみたいな感もありますが、幻想風味だったあちらに比べてこっちはとことん低俗。個人的にはこっちのがより好きですね。





「好き好き大好き」

目が覚めると隣で見知らぬババアが全裸で寝ていた......という悍ましくも笑える発端からストーカーの恐ろしさを描き出すサイコスリラー風の世にも奇妙な物語

とにかく、厭ですね。
そもそも冒頭からして厭なのに、そっからどんどんエスカレートしていきますからね。やめてくれと思う。
でも一方でちゃんと心のオアシスになるエロカワヒロインちゃんもいて、ムラムラと萎え萎えを繰り返させられるのが面白いっす。
オチはあまりにリアリティがなくて微妙ですが、たまにはこういうのも良いかと。





「胡鬼板心中」

絵師の兄に嫉妬して羽子板職人になった主人公。しかしやがて兄の様子がおかしくなり......。

江戸川乱歩山田風太郎を思わせる猟奇的でありながらも美しい怪奇短編。
いわゆる懐かしのエログロという感じですが、なんせ普段が普段なだけに著者の作品の中では大人しい方になってるのが笑えます。
それでも、兄への嫉妬や憧れの描写には独特のエモさがあって、昭和の怪奇小説をなぞるだけではない"らしさ"が滲み出ています。
美しくも悍ましい結末が良いですね。





「かっくん」

かっくんかっくんかっくん

これはもうかっくんとしか言いようがないかっくん
普通ならシュールにしてももうちょいかっくん理屈が分かりそうな感じは出してくると思うんだけどかっくん本作はガチで意味不明かっくん
一応の発端らしきものがちゃんと描かれているだけにかっくんそれがどうしてこうなったんや......という不条理さがありますかっくん
今まで読んだ小川勝己作品の中でこれだけがモロに浮いてる異色作ですがかっくんこういうユーモラスなのも書っくんだとギャップ萌えしましかっくんかっくんかっくんかっくんかっくんかっくんかっくんかっくん





「乳房男」

車のショールームで見かけた巨乳美女に一目惚れしてストーキングをはじめた主人公だが、ある日彼女に食事に誘われ......。

かっくんで箸休めしといてからのラストがこれってのがエグいっすね。
あまりに倒錯的な2人の関係に、自分は絶対こんなん嫌だけどちょっと甘美なものを感じてしまいます。汚すぎて、綺麗。

ここまでのお話は(あまりにシュールな「かっくん」を除き)、どれも「人と人は分かり合えない(=ぼくらはみんな閉じている)」がテーマでしたが、本書の最後に収録されたこの短編でようやく分り合い一つになれた2人を描いているのがエモいとともに、それがこんな作品であることにとんでもない歪みを感じます。
最後にこれが来ることで、本書全体がひとつのコンセプトアルバムのように感じられるのも見事。バラエティ豊かながらまとまりのある良い短編集でした。