偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

梶龍雄『鎌倉XYZの悲劇』感想

世間的には無名ながら一部の変なマニアに熱狂的な人気を誇るカジタツこと梶龍雄。
むかーしむかしに一冊読んだ気がするものの全然覚えていないので初読のような気持ちで読みました。



旧家・里井家で起こった連続殺人事件によって命を落とした青年。目覚めるとそこは天国で、"探偵局"を名乗る老人のガイドで、地上の探偵に自分の事件を捜査させることに。
しかし彼が選んでしまったのは、口ばっかりで無実績の探偵気取り青年・利明クン。利発なGFの輝子の助けを借りて、なんとか里井家の連続殺人を捜査していくが......。


と言った具合に、天国という特殊設定を絡めた異色作。
......とは言っても、本書が刊行された1988年には既に新本格ムーブメントが始まっており、館シリーズは水車館まで出たところ。その辺の流れでみるとそんなに異色な感じもしないので、本作もまた新本格なのかもしれません。


個人的には特殊設定の使い方にやや恣意的なところがある気はしてしまいましたが、それを除けば概ね面白かったです。

とりあえず、文体がなんとも古臭......懐かしくて、探偵コンビの男女の会話とかムズムズしつつも今読むと逆に新鮮な面白さがありました。でも何気におっさんをディスって若者に寄ってる感じも味わい深いですよね。
あと、とにかく読みやすいのは良かったです。ノリの古さを除けば会話文主体のラノベっぽい感じ。
読みやすさと探偵コンビのイチャつきへのニヤニヤによって、地味な展開もあまり苦にならずに読めました。

そして天国設定もそうですが、地上の事件自体にもドルリー・レーンの要素や宝探し少年や奇術などのケレン味があるのも良かったです。メタなギャグも多めで、その辺にも新本格っぽさを感じました。

メタ部分で「物理トリックなんかなんとでもなる」みたいなことを言っててハラハラしたものの、解決編を読んでみれば確かにトリックそのものよりもそれが使われた状況などに焦点が当てられていて唸らされました。
また、どう見ても怪しげなものも多いとはいえ、伏線の量が地味にかなり多くて、あれもこれもが推理によって繋がっていく快感はまさに本格ミステリの醍醐味。

そこから更に捻ってくる盛り沢山なところも大好きで、こういう遊び心とサービス精神もまた本格ミステリの醍醐味やなぁとしみじみしました。

ただ、(ネタバレ→)おもっくそ人殺しの忠良が天国に送られてきていることは、冒頭で「金を借りまくってるくらいじゃ地獄に落ちんよ」みたいな探偵局のおっちゃんの言葉からするとアンフェアとは言わないけどなんか腑に落ちないですよね。
殺人ですらいいのかよ、と。
これが、「忠良が最初の死者で、それ以外の事件が全て遠隔によるものだった」とかだったら、死んだ時点では人を殺してはいない忠良が天国に送られてくることにも納得がいくし特殊設定の使い方としても面白いんじゃないかなぁ、
とか思ってしまいました。
まぁ、よくよく考えればそれだともう一つの趣向も成り立たないので、あんまり細かく考えずに、意外性を楽しめば良いのかなと思います。


ともあれ、人間描くとかどうでもいいと言わんばかりの濃度の高い本格ミステリを久々に読んで楽しかったです。
著者の他の作品も読んでみたいと思います。