偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

二階堂奥歯『八本脚の蝶』感想

編集者として国書刊行会に勤め、2003年の4月に、25歳の若さで自らの命を絶った二階堂奥歯氏。
本書は、彼女が死の2年前から綴っていたブログを書籍化したもの。
2006年に単行本として刊行されたものの絶版となり幻の本として語り継がれていました。その時から気にはなっていたのですが、今年になって河出文庫から文庫化されたのを機に読んでみました。
ちなみに元のブログ自体は現在でも残っているので、内容を読む機会はこれまでもあったわけですが、やはり紙の本で読みたかったのでね......。

八本脚の蝶 (河出文庫)

八本脚の蝶 (河出文庫)


「自殺者の死の直前2年間の日記」ということをどうしても意識してしまうのですが、内容は別にメンヘラ日記みたいなものではありません。

稀代の読書家で1人の乙女でもある奥歯さん。

物欲の赴くままに本を買い、ものすごい速さで読んでは咀嚼して血肉にしていく様は、同じ読書家と名乗ることさえ恥ずかしくなるような......それはもう量でも質でも私などはまるっきり太刀打ちできない、彼女に比べれば私なんか本を読んでいるとさえ言えないのではないか......と思ってしまうほどの読みっぷりに尊敬と畏怖と嫉妬を覚えます。奇しくも私は今、亡くなった時点での彼女と同い年なので、余計に......。

私は就職してから年に多分365冊を超すぐらいの本を読んでいる。学生の時はその倍、小学生の時はその三倍は読んだ。

というから凄まじいですね。
そして本書にはそんな彼女が読んだ本からお気に入りの部分が数多く引用されていて、彼女の世界のほんの一端を垣間見られるような楽しさがありました。

また、日記の話題にはコスメやファッションなど"乙女道"についてのものも多く、趣味人として好きなものを追求する様はとにかく読んでいて楽しく爽快。
なんだか気の合うフォロワーのツイートを読んでいるような感覚で読めちゃうんですね。


なんというか、個性ってどこからともなく湧き出てくるものではないと思うんですよね。
人との関わりや、読んだ本とか、そういうものによって作られる。その点、二階堂奥歯という人は多くの変人との関わりと凄まじい読書量によって唯一無二の個性を手に入れたのだろうな......と思いました。


読み進めるうちに、そんな奥歯さんにどんどん魅せられていって、なんかもう恋に近いくらいの気持ちを抱いてしまっていて......。
だから、後半に進むにつれて徐々に苦悩が吐露されるようになると、彼女の物語の"結末"を既に知っているだけに、もう読むのをやめようかと思い、読み終えるのを先延ばしにするために映画を観て時間稼ぎをしたりと読むことに抵抗してしまって、それでも最後まで見届けたいという思いでなんとか読み終えたという次第......。

それ以来、私はもう何をしていても奥歯さんのことばかり考えてしまって、仕事も手につかないし他の本を読み始めても上の空になってしまい、ただ最後の日の言葉たちを思い出しては泣きそうになり、もうこの人の新しい言葉に触れることはないのだと思うと悲しくて、でも最初のページを開けばそこにはまた活き活きと人生を楽しむ奥歯さんがいて............。
だから、きっと私はこの先も何冊もこの本を買って何度も読むんだろうという気がしています。




ちなみに、巻末には生前の奥歯さんを知る人たちの文章が載っていて、大半は彼女に恋するおっさんのセンチメントなのでやや辟易しますが、「二階堂奥歯」ではない彼女の姿が垣間見られてまた泣けたりします。