偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

宮部みゆき『火車』感想

大昔、それこそ中学生とかの時に『我らが隣人の犯罪』だけは読んだんですが、それなりに面白かったけどめっちゃハマることもなく、長編作品に関してはその長さに気圧されてその後読むことのなかった宮部みゆき
その1番と言ってもいいくらいの代表作であり、長いけど『模倣犯』とかほどではない本作を満を持して読んでみたわけですが、めちゃくちゃ面白かった......。今まで宮部みゆきを読んでなかったのは人生の半分くらい損してましたわ......。


休職中の刑事・本間は、遠縁の親戚である青年に頼まれて、失踪した婚約者の行方を探すことになる。やがて本間はクレジットカード会社のブラックリストに載っていたという彼女の、クレカによる借金地獄に陥った凄惨な人生を探り出していくが......。


まぁなんつーか、今さらだろうとは思うんですけど、めちゃくちゃ娯楽小説が上手えな......と、まず思いました。
文庫で680ページという分量が、ただひたすらに1人の女性の行方を追うことに費やされ、派手などんでん返しや目を見張るような伏線回収はなく、地味で地道な捜査パートだけで成り立っているような物語。......なのに、超面白くて夢中になって読まされてしまったから凄いです。

それはやはりストーリーの展開の面白さと人物描写の魅力のおかげでしょうか。

話の筋としてはほんとに失踪した女性を探すだけ......なんですけど、その中で、調査→推理→調査......みたいなサイクルが組まれていて、どんどん新しい情報が出てくる面白さと、地道ながら少しずつ核心に迫っていくような興奮、そしてそれでもなかなか解けない謎の魅力によるスピード感があって、ダレてる暇もないです。

また、頭は切れるけど刑事らしいイカつさには欠ける主人公の本間と、彼が男手一つ(家政夫と二つ?)で育てる息子の智をはじめ、同僚のこちらはいかにも刑事らしい碇刑事、本間がいなければ主役を張れそうな家政夫の井坂さん、中盤から参戦する保っちゃん夫妻など、捜査に参加するメインキャラクターたちの真摯さや思いやりに満ちた掛け合いにいちいちグッときて、シリーズ化してほしくなるくらい彼らに愛着を抱いてしまい読み終わるのがつらかったほど......。
......なんですけど、さらに凄いのは、メインキャラじゃなくて数回しか出てこないちょっとした脇役みたいな人たちの人生模様が、深くは描かれないけど想像させる余白をたっぷり持って描かれていること。なので、出てくる人全員どこかしら好きになってしまいます。かれら全員がそれぞれの人生の主人公なんだなぁ......という当たり前のことを、しかしここまで実感させてくれるのは、登場人物全員に物語を進めるための駒ではない生きた存在感があるから。
特にクレジット破産などを専門にする人情派弁護士さんがめちゃくちゃ良いキャラしてて、彼が関わるお金関連の事件を集めた短編集とかを読みたいくらい。彼が「クレジット破産は公害のようなもの」と語るところは、本書全編を通してもかなり印象的な場面でした。国や制度への批判はそっちのけでなんでもかんでも自己責任で片付けるのが大好きな現代っ子に読んで欲しいっすね。

という感じで、主人公から端役に至るまでキャラクターたちの姿が魅力的な本作ですが、その中で主役ともいうべき失踪した女性だけは(少なくとも中盤までは)実際に登場することがなく、しかし彼女の姿が見えてこない空白の枠の中に少しずつ調査によって明かされた事実を当てはめていってその壮絶な人生を想像させる演出も凄かったです。不在の存在感とでも言いますか。
そんな彼女が見つかるのか見つからないのかはネタバレになるので書けませんが、なんかしらの決着がつくラストシーンがまた非常に印象的。こんだけ長いこと読んできたのにもうちょっと読んでいたくなる絶妙な腹八分目感が、心の中にどこか終わりきっていないような余韻を残します。

そんな感じで、本作は30年以上前の作品で当時の世相を強く反映しているので、今読むと「今さらクレカ破産か〜」みたいな古さを感じないとは言いません。しかしそれでも普遍的な人間たちの暮らしや現代が失いつつある他人の人生への想像力を提起してくれるあたり風化しない普遍性も備えていて今こそ読まれて欲しい大傑作でした。
また、久しぶりにこんだけ長い小説を読んで、一つの物語の世界にどっぷり浸かる楽しさも久々に思い出した気がします。
これはもう『模倣犯』も読むしかないか〜!?と思いつつ、「全5巻」にさすがに怯んでます......。このブログの毎日更新が途絶えたら「あ、模倣犯読んでて忙しいんだな」と思ってください......。
(ちなみに『ソロモンの偽証』は6巻かよ......)