偽物の映画館

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小松左京『霧が晴れた時』感想

小松左京の自選ホラー短編集です。


氏の本を読むのはこれで2度目。前読んだ『ゴルディアスの結び目』は面白かったけど私みたいなバカには難しかったんで、その点本書はわりと分かりやすくエンタメで非常に面白かったです。
本書は自選恐怖小説集ということではありますが、やはり著者らしくSFや民俗学などの要素が盛り込まれたお話も多いです。
一冊で色んな味が味わえるコスパ最強短編集っす。

以下各話の感想ちょっとずつ。





「すぐそこ」

山で道に迷った主人公が、地元の人に「国道まではすぐそこだよ」と言われながらも全然出られない......という不条理ホラー。
とはいえ、読んでる間は怖さは少なめでむしろトホホな状況にちょっと笑えてしまうくらいのコミカルさも感じます。

ただ、たったそれだけの話なのに、読み終えてみると人生というもののやるせなさ、特に私のようなダメ人間にとっては人生とはこういうものでしかないのだという諦念を突きつけられてつらいです。怖いっつーか、つらい。



「まめつま」

泣き止まない赤ん坊。それは"まめつま"に怯えているからなのじゃ......っていうヘンテコな話です。
怪異の話かと思いきや、ドロドロとした夫婦、家族という人間関係の閉塞感こそが恐ろしいホラーで、しかしラストシーンは凄絶にして唐突に終わるのでちょっと笑っちまいました。謎のインパクト。



「くだんのはは」

終戦間際、縁あってとある屋敷に世話になることになった少年がそこで見たものとは......。


戦時下の描写は著者の幼少期の体験を下敷きにしているらしく細部までリアルです。
過酷な状況と、その中で静穏を保つ問題の屋敷とのギャップが不気味さを煽ります。

タイトルから結末はだいたい読めてしまいはするのですが、それでもあの場面には鳥肌が立つし、説明しつつもしきらない感じとかも良いですね。
そして、ラストの余韻も凄い。
これ、発表当時に読んでたら非常に怖いですよね。そして今現代のこの状況に置き換えてみても、怖いです。



「秘密」

夫と妻、夫の妹の平穏な三人暮らし。
しかし、夫が持ち帰った未開の部族の神像を粗末に扱ったことから、異様な出来事が起こり......。


めちゃくちゃ気持ち悪い話で、でも気持ち悪すぎてちょっと笑ってしまうという。
登場人物に名前が付けられておらず、あらかじめ決められた筋立てに従うように行動していくのがなんとも気持ち悪い。
極めて作り話めいていながらグロテスクさは生々しいのも気持ち悪い。
クライマックスの事態の収拾の仕方も気持ち悪ければ、ラスト1行まで気持ち悪い。
でも、なんだか突き放したような愉快さも感じて、変に印象に残る、奇妙すぎるお話でした。



「影が重なる時」

とある街にある日突然現れたドッペルゲンガーたち。当人以外には見えず触れることも出来ない、石像のように固まったそれに、人々は恐怖を募らせてゆき......。


これ、好きです。
かったるい冒頭から、謎すぎてまだあまり緊迫感を感じられない序盤、そこから、謎すぎるままにどんどんサスペンスが増していくのが凄い。本人以外には実態のないものに世の中がどんどん疲弊させられていく不気味さ。
そして、意外としっかり説明されるんだけど、説明されることでより怖さを増すのも良いですね。




「招集令状」

これも、好きです。
戦後しばらくして、戦争を知らない若者たちのもとに招集令状が届くようになる......。
という、不条理な設定からして引き込まれます。
「妙なこともあるもんだ」的なノリで緊張感のない冒頭から、徐々にシリアスさを増していく流れがいいですね。
人知を超えた現象×日本がかつて経験した戦争という、不条理さのサラブレッドのような設定に、憤りや恐怖というよりはもうやるせなさすら感じているところにやってくる意外なオチがまた凄まじい。
謎めいた設定に説明が付けられるのはミステリーのような面白さがありつつ、ラストシーンのその先に何が起こるのか......という恐ろしすぎる余韻が残ります。
そしてこういう形で戦争というものの傷痕を何重もの意味で描き出す反戦小説にもなっているのが凄い。



「悪霊」

学生時代の友人が古代史上の怨恨事件にのめり込み始め、やがて憑かれたようになっていき......。


正直なところ出てくる古代史上の人名とか出来事がまったく分からなかったので半分くらい飛ばし読みのようになってはしまいました......。
ただ、話自体はそのへん分かんなくても分かる内容なので楽しめました。
怨霊というものの恐ろしさが現代的に説明されているので霊とか信じてなくても怖いし、その上でオチはどういうことなんだろうと、受け取り方の分からなさがまた怖いです。よくも悪くも、元の話からガラッと違うところへ連れて行かれる結末。




消された女

ホテルの部屋で消えた女は、一瞬にしてロビーに現れ......。


ここまで歴史やSF要素が絡んだお話が多かった中で、これは奇妙な味系統の異色作。
不可思議な導入から不可思議な展開を経て不可思議な結末へ。
オチに矛盾がありそうな気がしなくもないけど、そういう割り切れなさまで含めて奇妙な余韻として味わい深い変なお話です。



「黄色い泉」

ドライブ中の若い夫婦は、その道中で"比婆山の雪男"の噂を耳にし......。


これは嫌な話ですね。怖いも怖いけど、嫌。
結末に限らず、序盤の方からなんとなーく嫌な空気が漂ってるんですよね。強烈な眠気とか、下痢とか、身体的にしんどい感じ。
そして雪男が絡んでくるあたりまでは分かっていましたが、そこからの展開がエグい。
おぞましく、それでいて暗い悦楽にも浸れるクライマックスからの、めちゃくちゃな真相......。
ただし最後だけは余計なんじゃないかと思わなくもないですね。こういうオチのホラー短編にはわりと興醒めしてしまう......。



「逃ける」

過去にいい目を見させてくれたポン引きの徳さん......通称"逃(ふ)け徳"と、偶然の再会を果たした主人公だったが......。


これは好きでしかない。
かつての徳さんとのエピソードがもういちいち面白くて、徳さん事件簿だけずっと読んでたいくらい。
回想が終わり現在に戻ってきてからは、何かがあるのに何か分からないような焦らす書き方が上手くて、もやもやした気持ちで読み進めていくと、意外なオチに驚かされます。
驚かされつつも、徳さんのキャラクターへの愛着からにやっと笑ってしまいつつしんみりする、この余韻も素晴らしい。
愛着という意味では本書でも1番愛着の湧いた一編です。



「蟻の園」

とある団地の一三号棟に夢のように引き寄せられた刑事たちは、そこで子供が消える事件に遭遇するが......。


冒頭から場面が変わるごとに話の繋がりがおかしいような白昼夢的眩暈感に襲われる不思議なお話です。
しかし白昼夢のようでありながら、描かれる「現実の現実味のなさ」というテーマは非常にリアリティのあるもの。
不条理な展開を楽しみつつ、自分の生活を省みてじわじわと怖くなります。
そして不条理さが風景として目に焼き付くラストも印象的でした。



「骨」

井戸を作るために庭を掘っていると、夥しい数の人骨が出土し......。


これも不思議なお話。
文章だからこそ描けるあまりに現実離れした光景それ自体が素晴らしい。
ふわっと訪れてふわっと消える訪問者たちに無常を感じ、次々出土する骨にもまた無常を感じ、結末も、ああ無常。
同時に、戦争や災害による大量死だけは太古の昔から常にあり続けたという事実に恐ろしくなります。
淡々とした筆致が結末の深い悲しみを際立たせているのも上手いですね。



「保護鳥」

異国の田舎村に滞在することになった主人公は、その村が保護している絶滅危惧種の鳥についての話を聞かされ......。


ホラーと言っても考古学や民俗学やSFの味が濃い作品の並ぶ本書にあって、(これも民俗的ではあるものの)最もストレートにホラーらしいお話です。
異国の村を訪れて、表面上は歓迎されるも彼らの様子がおかしく、現地の言葉でなにやら相談している......なんていう、王道のホラーシチュエーション。冒頭ですが、ニッポンの話を執拗にされるくだりが怖かったですw
孤立する怖さと、村の秘密の不気味さにぞわぞわします。
悪いことではないのですが、オチも王道なので、どうなるのかはほぼほぼ読めてしまうところ。しかし、アレがアレだったというのはさすかに予想外でしたね。恐ろしく気持ち悪いラストシーンは目に焼き付いて離れません。



「霧が晴れた時」

連休に近場の山を登りに訪れた家族だが、山の食事処がマリー・セレスト号のようにもぬけの空になっているのを見つけ......。


セレスト号事件もさることながら、家族で霧の中というと映画の『ミスト』も思い出します。
他人の消失まではまだしも、家族が消えるのはとても怖くて、そこからは不安と焦燥感に駆られるように読みました。
まさにもやもやとした霧の中に放り出されるようなぼんやりした結末も面白いですね。



「さとるの化物」

バーで隣り合った若い男は、"さとるの化物"の怪談を語り出し......。


主人公の語り口に若干イラッとしてしまうのは私だけでしょうか......。
趣向は面白いものの、オチがモロバレなのでもうちょい隠されてて驚けたら面白かったかもしれませんが、どうも主人公が鼻に付くだけで終わってしまった感が......。