偽物の映画館

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加門七海『蠱』読書感想文

私がまだ大学生の頃、一時期ホラーにハマろうとしていた時期があってその時に買ったまま積んでいた本。
紫色の背表紙に『蠱』という魅惑的なタイトル、目次を見ても、魅力的な単語ひとつのシンプルなタイトルが並び、本の長さも5話で200ページと短め。
これは面白そうだし読みやすそう!と思ったものの、結局その時には読まず今になってようやく読みました。

蠱 (集英社文庫)

蠱 (集英社文庫)


とある大学で民俗学を教える御崎教授という人物を狂言回しに、各話で主人公が日常から徐々に怪異の世界に足を踏み入れてしまうという、緩やかな連作形式のホラー短編集です。

全編共通の感想としては、短いページ数でしっかりまとまったお話ばかりなのが良かったです。
構成はわりとオーソドックスで、日常に徐々に怪異が入り込んできて最後にはオチもしっかり決まって余韻が残る......という、いわゆる『世にも奇妙な物語』型。これがうまく行けばシンプルイズベストな面白さに、失敗すればありきたりで印象に残らないお話になってしまうわけですが、本書は前者でしたね。

まず、舞台と題材がナイスチョイス。
都会の大学という平和で日常的な場所に、巫蠱の術や弥勒信仰といった田舎のどろどろした感じを持ち込んでくる良い違和感。怪奇幻想(あっち)と現実(こっち)の境目がふわ〜っと溶けていくような物語の展開が各話とも素晴らしかったです。
また、描く情報の取捨選択が「断捨離か!」ってくらいシビアで、それだけに余計な文章は一切なく話の筋だけに集中して一息に読み終えられるというのも上手いですね。個人的にはホラーって一回本を閉じて集中が途切れるとなんだか嘘くさく感じられてきて続きに入り込めない時があるんですよね。その点本書は一編あたり十数分で読めるので、異界に行ったきり状態で最後まで堪能できました。

そんなわけで、短いけど内容は充実したお話が好きで、ホラー大丈夫な人にはぜひともオススメしたい一冊です。

ちなみに、本書文庫版の「あとがき」は半分小説の続きのようなものなので読後に読んだ方がより楽しめると思います。また、「解説」については各話の内容をオチまで要約した上でちょっとだけ自分の雑感を書くという、(民俗学の知識以外は)正直小学校の読書感想文レベルのものなのでこれも先に読むのはダメですね。


それでは以下各話のちょっとずつ感想〜。



「蠱」

"浮気性の恋人"を持つ主人公の女子大生が巫蠱の術にチャレンジするお話!

はい、のっけから虫が出てくる表題作で嫌になりますね。私は人体破壊系のグロ描写はそこまで苦になりませんが虫はダメ。本作は読んでて虫の映像が鮮やかに脳裏に浮かぶので最悪でした。
巫蠱の術というとどうしても犬夜叉でやってたみたいに色んな虫(犬夜叉では妖怪だったけど)を壺に入れて戦わせるイメージでしたが、本作ではそれとは違いやや婉曲。その内容自体がネタみたいなものなので言いづらいですが、主人公が過去に見た映像の生理的不快感が強く、そこから彼女がああなってしまうことになんとなく納得させてくれます。
また、民俗学的題材を現代の大学という皮袋に注ぎ直す手腕もすごい。本書は全体にそういう雰囲気はありますが、特にこれと「桃源郷」は題材が題材だけに身近な場所が異界になる恐ろしさが特に強いです。
で、ホラーというのはだいたい人が怖いか怪異が怖いかのどっちかですが、本作はどっちも怖いから良いですね。古き良き怪異の怖さと現代ホラーらしい人の怖さの融合。展開と結末は普通ですが、それでも綺麗にストンと落ちるので不気味な余韻が残ります。



「浄眼」

カメラの専門学校に通う青年が自分の眼は人と違うのではないかと悩むお話!

民俗学的匂いの強かった前話とはちょっと変わって、目と視覚の認識についての物語です。
自分に見えている世界は他人の見ている世界とは違う。自分が認識している色、形、方向はどこまで"普通"なのか......?という認識という名の迷宮に入り込んでしまう主人公の不安や疑心暗鬼が描かれていて面白かったです。
ただ、主人公があまりにセンシティブすぎて、そんなことでそこまでアイデンティティ揺らぎます?とはなってしまいます。この辺は怪異が出てこない話なだけにむしろリアリティのなさが際立ってしまっているような......。
ちなみに私もほんの軽度ですが色弱のケがあるらしく、車の免許取る時の色の認識のテストにちょっと引っかかって「まぁ信号は見分けれてるしいいでしょう」みたいな感じで通った経験があるので、その点では身近に感じられましたが。だって私もたまに「その黒い服さ」「黒?緑だよ」みたいな言われますからね......。あれ、私が見てる世界って、もしかして............



桃源郷

主人公の女子大生が弥勒信仰の村出身の友人と民俗学を学ぶ先輩とのカンケイにほのかに嫉妬するお話!

1話目に続いてこれも「ここ犬夜叉でやったやつ!」と。いや、『犬夜叉』って今思うと本格民俗学ホラーだったんですね。あんなもん子供の頃から見せられてたからこんな風に歪んだ人間になっちまったんだ。
それはさておき、犬夜叉即身仏のエピソードが頭にあったから余計に生々しくエグさが伝わってきます。
オチ自体は最初から「あっ」と見当がついてしまうものの、むしろそこにどう結びつくのか分からない主人公の気持ち悪さこそが際立ちます。というか他にもあれだけ色々ある中でまず主人公が気持ち悪いというのもある意味すごいな......。ラストは予想がつくとは言いましたがそれでもあの光景は鮮烈だし、なにより主人公が気持ち悪いので印象的でした。



「実話」

女子高生が友達と怪談話をしていたら根暗で自称「霊感のある」陰キャ男子に脅されるハメになるお話!

これが一番怖かったです。
発端は、女の子たちが怪談を語るところから始まるのですが、主人公はそれを信じてない。そう、幽霊なんかまるっきり信じてないんですけど、信じてなくてもそういう話聞いた後で暗い道を通ったり、なんなら家のトイレに行くくらいでもちょっと怖いっていう感覚はありますよね。よっぽど無感動な人じゃなければ誰しも少しはそういうところがあるはずで、そこを突いてくる描き方がほんとうまいし怖かったっすね。
また、出てくる怪談話自体は適当なものなのにそれとは関係なく怖い目に遭うという理不尽さも好き。オチも本書で最も綺麗に決まってます。
加えて、オタク陰キャ少年が好きな子にイジワルする青春ストーリーにも読めて、黒歴史を想起してむしろオバケ原くん視点で悶えました。中学の頃女子からあんな風に見られてたのか......。
実は私これ入浴中に読み終えたのですが、読み終えてさてシャンプーしようと目を閉じたときに、私も幽霊なんか信じちゃいないのにすごく怖くなりました。これでも今年で25歳になります。



「分身」

自分の外見がいつまでも大人っぽくならないことに悩む会社員の主人公が迷信深かった祖母の予言を思い出すお話!

これも怖かったです。
雰囲気としては「浄眼」に近い、主人公が自分の体に対する違和感を膨らませていく話ですが、「浄眼」よりも異変がはっきりしているので感情移入もしやすかったです。
また、主人公の私生活がほぼ描かれないので、この短編のためだけにふわっと生まれた人間みたいな印象があり、それが分身というタイトルの味わいを深めます。
また、これまでは自ら動くことのなかった御崎教授が今回はいやに乗り気になってしまうのも怖いところ......。
怒涛のようにおぞましいことになっていくラストも印象深く、映像的なインパクトは本書でも一番。気持ち悪く、それでいて切ない余韻が残ります......。