フォロワーさんに勧められて気になっていつつもスルーしてたら別のフォロワーさんにも勧められてもはや進退窮まってしまい読みました。2人から勧められるだけあってめちゃくちゃ良かった......。
本書は能の演目を題材とし現代が舞台の恋愛小説に翻案した3編を収録する短編集。
無教養のアホなので「能!?むずかしそ〜」と思って勧められてすぐには読めてなかったんですが(すみません)、元ネタを全く知らなくても単独の恋愛小説としてしっかり面白いどころか今年読んだ本の中でも今んところベストかな、くらい良かったです......。もちろん、元ネタを知っていたら能のテーマをどう翻案したのかってとこで著者の腕前が見られてより面白いんだろうな、とは思います......。
各話は独立した短編なのですが、どれも強烈な執着とか身を滅ぼすほどの恋が描かれていて、濃密な情念に読んでいて息が止まりそうになるような刺激的な読書体験が出来ました。
ただ作中に「まだ誰かを死ぬほど愛したことがないだけだ」という言葉が出てくるのですが、私自身も本書の主役たちのように人を愛したことがなさすぎていわゆる「刺さった」とかでは全然なくって、ただ今後の人生でこんなに人を愛することもないだろうから小説で追体験できて良かったわ〜みたいな若干傍観者的立場で読んでしまったことを告白します。もっと入り込んで読めるくらいの強い恋愛経験のある人だったらもっと楽しめるんだろうな、と悔しさも。まぁでも現実にこんな破滅的な恋はしたくないので(笑)、小説の中で味わうくらいがちょうどいいでしょう。
しかし、文章はめちゃくちゃ読みやすいのに軽薄さは一切なく、濃密な匂いと研ぎ澄まされた鋭さに満ちていて、アホな感想ですが「あ〜小説読んでるわ〜」という満足感に浸れて素晴らしかった。複数名のフォロワーにオススメされたんだけど、確かにこんな良いもん読んだら人に勧めたくなるわ、と納得しました。
「弱法師」
難病に冒された美少年と、魔性の美しさを持つその母親。その病の日本における第一人者である医師は、妻子がありながらも少年の母親との情事に耽ってゆく。しかし、少年もまた医師に強い恋情を抱き......。
母と息子が1人の男を取り合う三角関係というのがまず刺激的で「はわわ」と思ってしまいました。朔也という少年の、死を内包しているゆえの大人びすぎた言動にドキドキさせられる反面悲しくもなります。本当ならタモを持ってトンボを追いかけて走り回っているような年齢の少年が30歳の私より遥かに大人ですからね......。
主人公が少年のために建てた人里離れた診療所が舞台となるため、どこか隔離された異界のような感覚があり濃密な空気を作り出しています。
しかし一方で看護師の珠代さんや未央という少女といった外部のキャラクターたちも詳しく描かれないけれど背景がありそうな立体感で描かれているため短編とは思えぬ広がりも感じられます。
あまりに哀しくも美しいあのラストシーンも、究極に閉じているようでもありながら箱庭の外に出ていくような開放感もあり、とても印象的でした。能がモチーフなこともあって、「幕切れ」という言葉が連想される終わり方が、後の2編の小説っぽいふわっとした終わり方とは違う味があり大好きです。
「卒塔婆小町」
売れない小説家の男は、墓地でホームレスとして暮らす老婆と出会う。彼女はかつて自身が編集者だった頃に担当した青年作家との物語を語り出す。その青年作家は彼女を愛し、彼女は百の小説を捧げてくれればあなたのものになると約束をしたが......。
主要人物が一応5人くらいいて複雑な愛の物語だった前話に対し、こちらはほぼ一対一の関係を描いたシンプルな、それゆえに鋭利な情念の物語。
百の小説を書けば、男を愛せない彼女を自分のものに出来る......そのために身を削るようにして小説を書き続ける青年の姿を、青年自身ではなくその百の小説を捧げられる女性編集者の視点から描いているのが良いですね。身を滅ぼすと分かっていながら書き続ける作家と書かせ続ける編集者の奇妙な共同作業のようなものが凄絶。
2人の小説に魂を売ったような小説への真摯さが怖くて、それを通してこの小説を読む読者の覚悟も試されるような感覚すらあって恐ろしいです。私にはとてもこんな身を捧げたいほどの愛も芸術もなくって我が身が恥ずかしくなります笑。
そして、恋が叶わなくてもがいている時よりも、あと数編の小説を書けば叶ってしまう時がより苦しいというのもリアルで凄味がありましたね......。
青年が彼女の何をあれほどまでに愛したのか......なんて野暮なことは特に説明されないんですが、なんせ読んでる読者ですら彼女に強く惹かれてしまう(ホームレスになった現在パートがより魅力的ですが)んだからそれで説明になってるのもかっこいいですよね。
まぁなんせ本書の3編の中でも最もシンプルなお話だし、私はシンプルなのが好きなのでこれがいっとう好きでした。まぁ甲乙付けづらいんですけど、僅差でね。
「浮舟」
仕事で世界中を飛び回っている薫子伯母さんが帰ってきた。病弱な母の代わりに伯母さんに育てられた高校生の少女はその帰還を喜ぶが、やがて母の病状が悪化し、伯母さんと両親の過去を知ることとなる......。
これまでの2編は破滅的な恋の受け手側とはいえ当事者が主人公でした。それに対し、本作は両親と薫子伯母さんの過去に何かがあったらしい......と察しながらもよく知らずにいる少女が主人公。そのせいもあって哀しみや凄絶さもありながらも少し軽やかな読み心地になっていて、後味にも爽やかさもあり、本書の濃密な世界からふわっと戻ってこられるような読後感だったのが良かったです。
......と読後の話からしちゃいましたが、そんな風に何も知らない少女の視点から描かれることでミステリアスな雰囲気を纏っています。1話目の朔也くんとは違って本作の主人公の碧生ちゃんは変に大人びず年相応(と言うにはオトナか......自分の高校時代を思うとオトナかも......)だし、両親も穏やかで普段は光属性な円満な家庭だけに、時折見える過去の陰が濃く見えるのが良い。伯母さんのキャラクターがなんせ良い。強くて優しくて磊落ぶっているけどその裏に人一倍繊細な部分を持っていそうなところがチラ見えするようなところが魅力的です。なんつーか、めちゃくちゃかっこいい大人でありながら大人になりきれない部分も隠し持つ感じが。
そしてそんな薫子伯母さんのキャラが他の登場人物より強く出ている分、秘密が明かされることでそれまで影の薄かった両親の姿も立体感を持って印象に焼きつくのがまた上手い。胸糞悪い話でもあるんだけど、その胸糞悪い人物に最も共感できてしまったのでやるせなく、重い余韻も残ります。
とはいえ先述のように、まだ無垢な碧生が大人たちの物語を受け取ってどう生きていくか......という終わり方なため未来を感じさせる爽やかさや軽やかさもあるのが良かったです。
