偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

山田正紀『屍人の時代』感想

『人喰いの時代』に続く呪師霊太郎シリーズの短編(中編?)集。


文庫で70〜120ページ程度のお話が4つ入ってて各話なかなか読み応えのある一冊になっています。
今回は『人喰い』のように一冊通して話が繋がっていたりはしません。しかし、第一話の「神獣の時代」を除く3編には共通するものを感じます。
というのが、一つは時空の跳躍。昭和と平成など、各話で大きな時間の隔たりが描かれ、また東京と北海道といった場所の移動も多く、中編でありながら壮大さを感じさせます。もう一つは、題材の跳躍とでも言いましょうか。例えば第3話「啄木の時代」では、石川啄木の歌と、赤木圭一郎石原裕次郎といった日活のスター俳優たちが大胆にも一つの話に纏められています。ネタバレになるので書けませんが他の2編でも同じように意外な物事を一つの話に組み込むことでワンダーと複雑な味わいが出ていると思います。
また、本書のタイトル『屍人の時代』が表すように、各話で既に亡くなった人の思惑や想いというのが謎に直結しているところも通底しています。

以下各話の感想。



「神獣の時代」

オホーツク海のとある島で"神獣"と畏れられるアザラシの王"ウエンカム"を狩りに行く男たちを描いた冒険小説風味の作品です。
島の人々や狩りに行く人々の間の人間模様がまずは面白く、短い分量の中でそれぞれキャラ立ちしてるのが見事です(と言いつつ霊太郎が1番濃いけど)。
ミステリとしては正直かなり普通で、設定の面白さに比べると大山鳴動して鼠一匹みたいな......なんて思っていたら、意表を突く結末に唖然とさせられました。なんじゃこりゃ!こういうワケワカラン作品に出会えるからミステリ小説ってのは良いですよね。



零戦の時代」

俳優志望の女性がニセの映画のオーディションに呼び出されるところから物語が始まり、一気に戦後のGHQによる日本の元軍医の取り調べへ、その取り調べの内容が、戦中に起きた"零戦心中"にまつわるとある航空兵の悲恋のお話で......という重層的な構成の作品です。
また、取調べで語り手が作り話をしていることがハナから明かされてもいて、その物語の裏で実際には何が起きたのか?というホワットダニットになっているのも一層複雑ですが意味深で面白かったです。

不謹慎ですがフィクションの中では戦時中に狂っていってしまう人々ってのは個人的にかなり好きな題材でもあり、心中という言葉にも惹かれてしまいます。また、時を超えて最後にアレが絡んでくるワンダーも本書中でも1番飛距離が大きく感じて驚きましたし、探偵と犯人が対峙する場面も印象的。本書中でも個人的にイチオシの一編です。



「啄木の時代」

啄木の歌に出てくる砂や拳銃といった妖しいモチーフから発想を日活のスターたちにまで飛ばすのが凄いです。
大勢の登場人物がそれぞれの思惑で動いていくので短編にして京極夏彦の長編でも読んでるような気分にさせられます。
過去の因縁によって動いていく物語は、現代の目から見ると何が起きているのかも分からず、やはりホワットダニットの趣。
細かなトリックによってますます幻惑され、現実と虚構の境目も分からないようなクラクラを味わわされた後で明かされるエグい真相と、惚けた味わいとすら言えそうな最後の最後のアレとのギャップにまたクラクラしました。



「少年の時代」

岩手県花巻温泉に暗躍する怪盗"少年二十文銭"。一方、近くの倉庫では盗むような価値があると思われぬ土嚢が大量に紛失し......。

これもまた色んな人が絡み合ってくるお話ですが、ここまで来るとちょっと複雑すぎて、その割に個々の謎の答えはわりと分かりやすかったりもするので、ミステリ面ではイマイチ楽しみ方が分からなかったというのが正直なところ。
ただ、主人公の御厨刑事や、主役の少年二十文銭、影の主役のあの人、さらに個性的な脇役たちに至るまで、魅力的なキャラクターの多さは本書でも随一。
「怪盗が暗躍」という浮世離れした発端からファンタジックな感じもしつつ、時代を切り取った社会派な側面もありお話としてはとても面白かったです。