偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

藤子・F・不二雄 SF短編コンプリートワークス3『カンビュセスの籤』感想


第3巻です。

本書には1975年から1977年初出の作品を収録。
個人的ベストは「どことなくなんとなく」「ウルトラスーパーデラックスマン」「カンビュセスの籤」です。

以下各話感想。





「どことなくなんとなく」
どことなくなんとなく、世界が全て自分の妄想なのではないか?という気がしてしまう男のお話。
誰かの声だけが聞こえるようなシーンからの、ふわっと現実(なのか?)に戻るようなオープニングがかっこよくてめちゃ好きです。
タイトル通りのぼんやりした不安だけなのにしっかり怖いのが凄いなぁと思います。冒頭や結末と中間部とのギャップに読んでる私も足元の地盤が消え去って無限の空間に落ちていくような感覚になってとても怖かった......。こんだけの話をなんでこんな面白く描けるのさ......。



「3万3千平米」
あくせく働いて貯めたなけなしの貯金で夢と呼ぶには狭すぎる自分の土地を持とうとする男の前に、「あなたの持つ3万3千平米の土地を空港建設のために売ってくれ」と言う男が現れる。

生活の基礎である土地によって暴利を得る奴らは社会のダニですな
しかし、いっぺんダニになってみたいものですな

というセリフが印象的でありつつ、それが裏返るところの皮肉も凄い。
正直、現在の価値観からするとこの土地への憧れとか執着はあんまピンと来づらいところもありつつ、どこかとらえどころのない不思議なオチで、ハッピーエンドな気はしつつ、その「ハッピー」とは何かが問い直されるようでもある割り切れない余韻が素晴らしい。

「分岐点」
もしも人生の分岐点に戻って別の選択ができたら......というベタな着想ではありますが、それを冴えなくてしがない男の結婚相手の選択という卑近でパーソナルな事象に使うことで共感しながら読めるのが良い。
分岐点で切り替わる瞬間の演出とかも好きですね。ラストはちょっと俗っぽすぎる気もしなくはないけどSF的な「If」の設定とその俗っぽさのギャップが面白いのもある。



ウルトラ・スーパー・デラックスマン
この全集の1巻に収録の「カイケツ小池さん」の改作版みたいな作品。
世の中を憂う小池さん(本作では名前は出てこないけど顔は完全に小池さん)がスーパーパワーを手に入れて悪を粛清していくという大まかなあらすじは共通しています。
ただ、「カイケツ」では小池さん視点で力を手に入れて暴走する様が描かれていったのに対し、本作では小池さんは既に暴走して世間に恐れられていてある種の権力を持っている状態ではじまり、旧友で同僚の男が主人公でびびりながら彼の家に遊びに行くという筋立てになっています。
そういう第三者の視点から語られることでより小池さんという存在の理不尽な恐さが際立って感じられます。また、オチも「その伏線回収するん!?」みたいな驚きがありつつも分かりやすく、分かりやすいけどめちゃくちゃ捻くれてて皮肉なものになってます。余白の残る「カイケツ」と好みは分かれそうですが私はこのあまりにもブラックユーモアが過ぎるオチに呆然としながら爆笑しちゃったのでこっちのが好きかなぁ。



「T・Mは絶対に」
T・Mはタイムマシン。たった7ページのお話なんだけど、ややベタではあるものの鮮やかなオチが決まっていて凄い。「ショートショートなら短いし私でも書けるかも」などと安直に思っていた頃もあったけど、この短さで、捻りが効きつつタイトルの意味をしっかり回収して切ない余韻まで残す印象的なお話を作るなんてとんでもないですよね。



「幸運児」
子供ができて怖気付いた男に逃げられ未婚の母となった女性。1人で子供を育てていく自信が持てない彼女だったが、次々と幸運に恵まれて......。
「おめでとうございます!あなたが×××番目の〜」っていうアレから発想を飛ばした掌編。しょーもないとも言える一発ネタながら、卑近な話から一気に景色が変わるラスト1ページの落差が好き。
にしてもその男はやめといた方が良い感MAXだな。とはいえシングルマザーでやってくのも大変だろうから無責任なこと言えないけどさ......と主人公の今後がやたら心配にはなっちゃうお話でした。



「一千年後の再開」
タイトルがネタバレにはなっちゃってるけど、地球で1000年のタイムワープをする女と、地球には2度と戻ってこられない片道の探査任務に就いた男とがどうやって再開するのか?というところにSFミステリ的な面白さがあります。
ロマンスとしては非常にシンプルな話でやや物足りなさはあるものの、シンプルだからこそ壮大さが映える気もしますが。



「大予言」
(ネタバレ→)終末予言なんかなくったって世界はとっくに終わりに向かって爆走しているという皮肉一発の短いお話。今読んでもこの皮肉がめちゃくちゃ分かりみあって凄いよなぁ。



「老雄大いに語る」
50過ぎの宇宙局長が自らパイロットとして宇宙船に乗って探査に向かったのは何故か......?というホワイダニットみたいな謎で引き付ける短めのお話。
オチは分かりやすくて結構早めにピンと来ちゃったんだけど、分かりみが強かった。ブログもTwitterもない時代ですもんね......。



「光陰」
旧友の老人2人が久しぶりに会って話すが、話題はやがて最近時が過ぎるのが速い、というものに......。
旧友同士の他愛もない問答が不穏さを帯びていく緊張と緩和のバランス、年寄りが言いがちな時の過ぎるのが速いという話がだんだんやけに理屈っぽくなっていくのもおかしみがあって良い。そして、特にラスト1ページの中での緩和と緊張の転がし方がめちゃ上手い......。



「俺と俺と俺」
ある日帰宅した黒田が玄関を開けると、自宅には自分がもう1人いて......。

いかにもノーテンキそうな顔した主人公のキャラが良くて、自分が増えててもそんなに取り乱したりせずにマイペースにことを進めて行くのがなんだか面白い。色んな年代の自分が集まる「自分会議」はかなりダークな話でしたが、今の自分と全く同じ自分がもう1人現れる本作はなんとも明るくのほほんとしたお話で、それだけにインパクトは弱いけど微笑ましい気持ちで読みました。さっきから「もう1人」と書いていますが、それが「俺と俺と俺」になる結末も痛快。



「女には売るものがある」
立ちんぼの女を買ったおっさんは、女を抱かずに亭主関白的な高圧的態度を取るが......。

扉ページを抜いて本編はたった5ページでありながら風刺が効いててインパクトのある掌編。そもそもタイトルからしインパクトありますが、もちろんそのまんまただの売春の話になるわけもなく......。おそらくは当時の第二波フェミニズムからインスパイアされたんじゃないかと思いますが、男尊女卑を痛烈に笑い飛ばしつつ女尊男卑にも釘を刺すようなバランス感覚は50年くらい前と思うと凄いと思う。



「オヤジロック」
元ネタの「ペットロック」というものの存在を知らなかったのですが、ごく普通の石をペットに見立てて愛玩する遊び(?)らしいです。それに倣って大きい岩を厳しく叱り優しく抱擁してくれる「頑固オヤジ」に見立てた「オヤジロック」をセールスする男が主人公のお話です。
頑固オヤジに見立てた岩を置いとくというところに父権への揶揄を含みつつ、「オヤジロック」という奇抜なアイテムとは別に、しれっとタイムマシンなんかも出てきちゃうところが堪らないですね。トンチの効いたセールス術からの緩急鋭い終盤からラスト1コマへの流れが美事。



「宇宙人レポート サンプルAとB」
異性から来た高次の知的生命体が人間の生態を観察してレポートするという体の作品。絵を藤子先生ではなく小森麻美さんという方が描いた合作となっていて、少女漫画風の繊細な絵柄がこの作品の淡々と緻密にレポートしていく内容に合っていて素敵でした。
一応伏せるけどわりと序盤で「これってもしかして......」と思ったアレをこんな風に調理してしまう着想にびびる。そして人間というものを外部の視点から冷徹に描き切った先になんであんな詩情あるラストに行き着くのか分からない......。
ただ、途中で1箇所「男」という記述があったのだけが残念......観察者からしたら男とか女って概念自体ないはずなのに。



「カンビュセスの籤」
砂漠を歩いて逃げてきた兵士が辿り着いたのは無機質な巨大建造物。そこでは言葉の通じない女が1人で暮らしていて......。

現在から何千年前から何十万年後までという途方もないスケールで語られる、とある男と女の出会い。その本来あり得ない邂逅そのものがもうドラマチックで素晴らしいし、途中までお互いの言葉がわからないところもスリリングでヤキモキさせられつつほんの少しコミカルでもあってなんか良いんだよなぁ。
そしてタイトルの意味が明かされることで繋がっていく2人の物語、その結末がもうとんでもない......。最後のコマの手の動きが完璧なんだよなぁ......。