偽物の映画館

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東野圭吾『白夜行』感想

先日宮部みゆきの『火車』を読んだことで、自分の中でまだ読んでなかったいわゆる本格"以外"のミステリーの名作を読んでみようという機運が高まり、実は読んでなかった東野圭吾による本作をまず手に取ってみました。


1973年、大阪の廃墟ビルで質屋を経営する男が一人殺された。容疑者は次々に浮かぶが、結局、事件は迷宮入りしてしまう。被害者の息子・桐原亮司と、「容疑者」の娘・西本雪穂――暗い眼をした少年と、並外れて美しい少女は、その後、全く別々の道を歩んでいくことになるのだが、二人の周囲に見え隠れする、幾つもの恐るべき犯罪の形跡。しかし、何も「証拠」はない。そして十九年の歳月が流れ……。


高度経済成長期の終わりごろの1973年から、バブル崩壊、昭和の終わりを経て平成の頭の1992年まで19年の歳月を、2人の少年少女を軸に描いた、文庫で850ページ超の巨編。

あるありふれた殺人事件の被害者の息子・桐原亮司と、容疑者の娘・西本雪穂の2人が本作の主役なんですが、彼ら自身の視点は作中で描かれることはありません。代わりに、彼らの周辺にいるたくさんの人々の視点の三人称が切り替わりながら語られていくことで2人の人生模様が間接的に見えてくる......という構成になっています。
そのため、なかなか物語の核心の部分が掴めずに、最後の章までこれがどういう話なのかよく分からないままに読むことになります。
そんでも各パートの視点人物たちもまたリアルな存在感を持って描かれているために、全体像は曖昧なままに目の前の出来事に常に夢中になって読まされてしまうあたりはほんと小説が上手いなぁと思う。さすがっすよね、当然ながら。
特に、雪穂と婚約しながらも職場の派遣社員の女性に惹かれてしまう高宮という男の切ない恋愛模様や、二枚目って感じじゃないけどなんかカッコいい探偵の今枝さんのキャラが好きでした。

サスペンス小説としては、亮司がコンピュータを駆使した詐欺などいかにもクライムサスペンスっぽいあれこれに手を染めたり巻き込まれたりする一方で、雪穂に関しては彼女のキャラクター自体が謎めいていて危険な魅力を放つファムファタール的な魅力があり、別種のハラハラドキドキを楽しめました。

また、昭和の終わりから平成初期にかけての時代を切り取った描写も魅力。
ストーリーにも深く関わってくるコンピュータの進歩、インベーダーゲームとかスーパーマリオなんかの話はもちろん、年が変わるごとに当時の流行の風俗についても一言二言触れられるのが、ちょうど本作のラストシーンから2年後に産まれた私としては「へえー」って感じで面白かった。

主役の2人は内面が描かれることがないだけに終始ヤバい奴という感じで、人の心を持たないサイコ野郎みたいに見えるんですけど、最後まで読んではじめて彼らに感情移入して泣けてきてしまうのが凄いです。
感情移入出来るようになるのは最後なんだけど、それまでの描写の積み重ねがあってこそ最後にそれが一気にのしかかってくる感じっつーか。作中に重要なモチーフとして『風と共に去りぬ』の小説が出てきます。私は映画しか観てないですけど、あの映画の主人公と本作の主役の2人にも確かに重なる部分がありますよね。
なんというか、明かされる真実そのものは娯楽小説の世界ではありきたりと言ってもいいものですが、それをこんだけ衝撃的に見せる手腕にはやっぱ東野圭吾ってすげーなって思わされました。